2013年6月18日火曜日

【vacances】

ようやく梅雨らしくなってきました。その分、梅雨明けが遅くなるのも困りますが。

今はやや時間を持て余し気味ですので、「長期の旅」に出たいのですが、日本の社会はなかなか許してくれません。

ようやく退職後に(夫婦で)旅行することですら、昨今はままならない状況になりつつあります。

半強制的に「死ぬまで社会で働け」と言われているようなものです。
社会の「働きアリ」として生きても、社会からの恩恵は期待できません。

こうした社会構造の中で、「自由な時間」を得るには、病気等の理由により「社会から排除」されるか、「社会から逃亡」する等の方法しかありません。いずれにせよ経済的問題は付きまといます。

以前、職場を退職し、蓄えがなくなるまで旅に出ました。再就職は難儀しました。

「山頭火」の句集が売れる最も大きな要因は、自由への羨望と、非現実的な幻想を抱くこととに依ると思われます。
実際に行うとしても、すぐに「不審者」として保護されますし、やがてはホームレス(路上生活者)とそう変わらない生活となるでしょう。そうなれば初めの高潔な目的は跡形もなく消え失せます。

さてヴァカンス(仏: vacances)をWikipediaで引いてみます。

主としてフランス人の長期休暇の過ごし方、もしくはそれを意識した長期休暇の呼称。
英語ではバケーション」(英: vacation)に相当するが、フランスのスタイルが一つの典型となるため、フランス語呼称が用いられることが多い。

フランスの法律では、休暇は連続5週間まで取得可能となっている。そのため、企業経営者から学生にいたるまで夏季に連続1ヶ月ほどの休暇を取得する。日本で一般的な短期周遊型の休暇と異なり、数週間にわたる長期滞在型休暇を過ごす。

例えば、山中のコテージに家族で滞在し、ハイキングやパラグライダーなどスカイスポーツを楽しむ。あるいは民家を双方で融通しあい、田舎暮らしを楽しむ。また、海沿いのリゾート地に数週間滞在し、ひたすらマリンスポーツなどをして過ごす。

毎年バカンスの時期には、パリなど北フランスの住民が一斉に地中海沿岸へと移動するため、冗談めかして『民族大移動』と呼ばれたりする。

長期間に渡るため、時として「ロマンス」が生まれるなど、時として人生を変えるほどのインパクトを持つ。そのため、「フランス人は一年の大半を次のバカンスをどのように過ごそうか考えながら暮らしている」「フランス人はバカンスのために生きている」とすら言われる。

羨ましい話です。旅は若い時にするに限ります。

日本では元来「働くことは美徳」とされる慣習があります。
「過労死」や「うつ病(状態)の増加」などで、ようやく社会は対策を練り、国民感情も変わりつつあります。
しかし末梢に対する場当たり的な対応では根源的な問題は解決しません。またその目標設定もありません。

国益と私益とのバランスを含め、フレキシブルな社会構造への移行に直面しているのかも知れません。時間は掛かるでしょうが、リーダーがまず国民に明示する必要はあります。

私はその恩恵にあずかれないでしょうし、安心して社会に身を任すつもりもありません。

2013年6月17日月曜日

【Blue Monday】
『人形の遊び』1949
ハンス・ベルメール

6月は憂鬱です。
梅雨最中にして、休日もありません。

まして月曜日はいっそう憂鬱です。
ブルーマンデー症候群です。
今では「サザエさん症候群」ともいう名称すら存在します。

母校である愛光学園高校は、進学校ながら、ドミニコ会(カトリックの一派)の施設でした。

敷地内にスペイン人?の神父(サッカーが上手い)はいましたが、生徒に敬虔なクリスチャンなどいません。

時に生徒たちは体育館に集められます。
ヨハネ・パウロ然とした、ドミニコ会の偉い方が来日され、説教?をなされます。

生徒はまるで聞いていません。ただ「最後の一言」を待ちながら、息を殺し堪え忍んでいます。

「アナタガタニ アンソクビ ヲ アタエマス」

弾けたように歓声が上がります。
この一言が生徒にとっての「救い」です。国の祝日以外の平日が休みとなる訳です。

「最後の一言」がなかった時の、生徒の反応は想像に難くないと思います。

神父らの悪行(カトリック全体に通じる問題)も含め、ドミニコ会を刺激・非難すると、怖ろしいことになりそうですので…「沈黙は金、雄弁は銀」

ドミニコ会の「愛」に包まれ、「か弱き羊」なる私は、諸悪に充ちたこの世を生きております。アーメン…

ところで本家は神道です。

2013年6月16日日曜日

【座の文芸】

拙句集『原型』を寄贈するにあたり、次のような用紙を入れて送りました。


『どの結社・協会にも属しておりませんゆえ序文、跋、栞など何も後ろ盾もない拙句集ではありますが、御一読下されば幸甚です』

返信の内容を見ますと、二点について意見が大きく二分されていました。

① 拙句集の体裁について

a. 「俳句」のみで臨む、句集の本来のあり方。新しい形。

b. 「序文」も「あとがき」もなく淋しい。

② どこにも所属していないことについて

a. (孤独だが)潔い選択。誰からも毒されずに済む選択か。

b. 俳句は「座の文芸」。

上記①②は大まかに、a-a、b-bと合致します。

今の俳句界でも、意見が統一されていないことが分かります。

さて上記に「座の文芸」なる言葉が出て来ました。「座」…よく耳にする言葉です。
『現代俳句大事典』(三省堂)を引いてみます。

『座』…連歌や俳諧の会席が座で、それに参加することを一座するという。一座を構成する人々を連衆といい、連衆には共通の風雅を求めるという強い連帯感がある。俳諧は座によって生まれるから、とくに座の文芸という。(中略)座の文芸とは、もともと江戸時代の俳諧についていわれたことだが、近代の俳句も深くそこに根差していると考えられる。(中略)現代の俳句は、俳句会に座の働きがあり、俳句結社自体も一つの座と考えられる。結社に所属し、俳句会に出席すること、いわば俳句の座に参加することは、現代においても、俳句を作る上でも有効である。ただし、俳句における座の強力な吸引力が、作者の個性の伸展をさまたげるという点もないではない。座を重んじつつ、その中で個を確立することが、俳句作者としては必要であろう。(山下一海氏筆)

『俳句の宇宙』長谷川櫂(2011 花神社)、『俳句のはじまる場所―実力俳人への道』小澤 實(2007 角川学芸出版)を読みました。
頭の表層では分かる気もしますが、どこか腑に落ちない。上手くはぐらかさているような読後感を持ちました。

「座」という言葉には、実体が確固としないまま、一部の人間にとっての都合のいい「ツール」や「呪縛」のように扱われている印象を拭いきれません。確かに集団をまとめる都合のいい「符牒」かも知れません。

しかし言葉は生き物である以上、実体の不確かなものは、やがて「死語」となり「消滅」することもあり得ます。
またそれに替わる「用語」が誕生してもよいか思います。
もちろん新しい「用語」は、実体(概念)がより確固としており、かつある程度の普遍性を有することが要求されます。

伝統を重んじること自体は悪いことではありません。しかし旧態依然としたまま硬直化した体質を改善する試みはあって然るべきと思います。
今のの俳句界(俳壇)に求められていることの一つは、過去と将来との(とりわけ将来に向けての)「橋渡し」ではないかと思う次第です。

2013年6月15日土曜日

【残り5冊】

拙句集『原型』は300冊印刷しました(「ふらんす堂」に在庫として50冊)。

300冊のうち「ふらんす堂」から160冊を配送し、140冊が手元に残りました。
それも寄贈して、今や5冊となりました。「ふらんす堂」の在庫ももはや8冊程度です。

多くの俳人の方から御礼の手紙、封書、またはメールが連日届いています。
心より感謝する次第です。

予想以上に早く300冊がなくなり、これで寄贈を中止とするか、増刷するか悩んでいます。

著者としては、皆様の御意見(批判も含め)を受けることが喜びであり、反省材料も含め次の句作、句集へと繋ぎたいと考えています。

お返事がなくとも、団体や個人から周囲に渡り、たとえそれが帯の裏の「自選10句」のみであっても、広く読んで頂きたいと願います。

先日、ネットを見ていたら「ブックオフ」で拙句集(1.890円)が中古本(1.450円)として販売していました。

たとえ寄贈したものでも、もちろんあとの処理は受け取った方の自由です。
ただ著者としては、中古本として出品する前に、周囲に渡して欲しかったと思う次第です。

2013年6月14日金曜日

【定期検診】

一応は常勤医(正規雇用者)ですので、職場の定期検診を受けなければなりません。

職場からの伝達があるまで、定期検診のことを黙っていました。
例年通り(?)私への伝達が遅れ、ようやく検査をしている訳です。

聴診も胃カメラ(or 胃透視)もありません。身長・体重は自己申告(「去年と同じ」で済ます)です。
聴力・視力も自己申告で構いませんが、眼鏡のレンズを替えたこともあり、興味本位?で受けてみました。

40代に入って少しずつ「老眼」を自覚しはじめ、ついに昨年レンズを替えました。
「近視」・「乱視」・「老眼」の合併です。

眼鏡をかけたまま視力検査を行いましたが、何と両眼で0.3しかありません。昨年は0.7はありましたが…まぁ、自動車の運転はしませんが。

さらに今のレンズは眼精疲労が強く、長時間かけることが出来ません。
多くの時間は裸眼で過ごしています。頻回に目薬を点します。

デスクワークの際は、眼鏡をかけては、外すの連続です。PCやテレビは眼鏡を要します。

診察の時は変装の一部として、眼鏡とマスクを着用しています。
眼鏡は「それらしく見える」変装の道具でもあります。
マスクには無精髭を隠す目的?もあります。1週間のうち1度しか髭を剃りません。

いずれにせよ眼鏡のレンズは早めに替えた方が良さそうです。
コンタクトは、不精者の私には向きません。
レーシック手術は、「日本眼科学会」も厚労省も認めておらず、リスクもあり、さすがに受けようとは思いません。

眼精疲労→大脳の疲労→睡眠→活動時間の短縮という図式が成立します。
眼精疲労を治療しないと根本的な解決にはなりません。

2013年6月13日木曜日

【角川『俳句』6月号より⑧(終-終)】

読み忘れていた箇所がありました。追補します。

〈特別作品 21句『水行陸行』岩岡中正〉

・地の果てのやうな風吹く末黒かな

…旧かな・口語です。「やうな」は文語では「やうなる」となります。

野焼・山焼のあとの末黒野は、風景の一部と化していた植物が焼き払われ大地は一面真っ黒となります。その殺伐とした光景は焦土を連想します。

しかし一切が無に帰したわけではなく、その末黒野を肥料として新しい生命が誕生します。また病害虫も焼かれ、肥料の一部となっています。

個人的に「比喩」を好まないという理由もありますが、「地の果の風が吹きゐる末黒かな」でも良いかと思います。

拙句にて失礼。 末黒野やカルストの岩渇きゐて  山咲臥竜『原型』

・触るるとは祈ることなり初ざくら

…句意は分かります。「初ざくら」も活きています。
ただ上五・中七の叙法が気になります。特に「…なり」の「断定」です。
比喩を用いますが、「触るるとは祈りにも似て初ざくら」、「触れたるは祈りにも似て初ざくら」でも良いかと思います。

・かばかりの土に咲きたる菫かな

…菫の可憐さを引き立てています。うすむらさきの菫の吐息まで感じられます。
21句の中では最も良いと感じました。

〈特別作品 21句『しづかなご飯』鳥居真里子〉

・酸素足りてゐるのか月夜の田螺

…童話的ですが、不思議に安っぽさは感じがしません。「句またがり」が連続しますが、違和感を感じません。

(タ行)詩の一行のようです。もはや「俳句」というカテゴリーを超え、「詩」という上位に立脚しているようにさえ感じます。作者の稀有な個性に依るものです。

私は彼女の句を好みますが、さすがに真似をしようとは思ったことがありません。

・春菊の幽かな春を洗ひけり

…「摘まれた春菊はすでに春の植物として瀕死である」という前提があると思います。

摘まれた「春菊」は「春」を幽かに残しています。その「春」を洗い流すことで、「春菊」に「春からの完全なるの死別」を与えているようです。

このことは死者を送り出す作業にも似ています。また全体に「春愁」も感じられます。

・この冷えは桜のものぞふくらはぎ

…「ふくらはぎより花冷を感じる」という内容ですが、この措辞は真似できませんね。

「冷え」と「桜」を離したことにより、中七の「桜のものぞ」が活き、「桜」に焦点が合います。
「ふくらはぎ」を下五に据えていますが、難度の高い技としか言いようがありません。

・蛇穴をでて畳屋のやぶにらみ

…「畳屋」は藁や藺を材料に用いるからでしょうか。「やぶにらみ」は漢字で「薮睨み」です。全て蛇に関係しています。

(借金か何かのトラブルでしょうか)蛇の眼が乗り移ったかのように、「畳屋」の主人の睨め付ける姿が想像され、世俗の滑稽ともとれます。

・ゆつくりとまなこ仕舞へば亀鳴けり

…上五・中七「ゆつくりとまなこ仕舞へば」とは、視覚情報を遮断するということでしょう。視覚だけでなく五感全て(聴覚も入ると思います)を遮断し、無我の境地に至れば、「第六感」により「亀の鳴く声」が(聴覚ではなく)直接脳に伝わるかも知れません。

「亀鳴く」という季語を無理なく使っています。「亀鳴く」は非現実的なことです。
非現実-非現実の構造ではうまくいきません。

上五・中七の内容は現実的でもあり、また非現実的な部分もあります。
そのため「亀鳴く」との相性が良いと思います。

2013年6月12日水曜日

【ベルメール人形】

15年以上前に初版本を持っていましたが紛失してしまい、ハンス・ベルメール の写真集を再度購入しました。

「骰子の7の目 シュルレアリスムと画家叢書-ハンス・ベルメール」 (大型本);サラーヌ・アレクサンドリア(箸)、澁澤龍彦  (河出書房新社、初版1974年、新版2006年)

ハンス・ベルメール(Hans Bellmer, 1902年3月13日 - 1975年2月23日)-ドイツ出身の画家、グラフィックデザイナー、写真家、人形作家。

アンドレ・ブルトンら当時のパリのシュルレアリストに受け入れられる。

1934年、少女の関節人形の白黒写真10枚を収めた『人形』(Die Puppe)をドイツで自費出版する。

日本においては、1965年に雑誌『新婦人』で澁澤龍彦がベルメールの「球体関節人形」を紹介し、広く知られるようになる。

現代ではメーク技術の向上やコンピューター・グラフィックスにより「ゾンビ」をはじめ「グロテスク」なものは作れます。しかしそれらから受けるイメージを自らの内界(精神世界)に向けることは出来ません。

澁澤龍彦は「球体関節人形」と訳しましたが、「違和感のある球体の配列」であり、かつそれが「人形(もしくは人間)」に見えるため、現実と非現実の間の感覚を誘発され、それはやがてメッセージ性を帯びてきます。

「ベルメール人形」はデフォルメされた外観を提示しつつ、見る者に精神世界に潜む「エロティシズムの原型」、「猥雑さ」、そして「混沌」までも感じさせます。
その奥底には、妖しいまでの甘美な匂いさえ漂っているかのようです。

ベルメールはまず外界へ「作品」を提示し、鑑賞する人間を精神世界へ誘っています。
また「人形」をそのまま「作品」として展示するのではなく、「写真」などのフィルターを通して「作品」としている創意も見逃せません。