2013年5月27日月曜日

【角川『俳句』6月号より ④】

〈第47回 蛇笏賞受賞 『白駒』50句抄 文挾夫佐恵〉


・綿虫の死しては白き光失す


…「光り失す」の「光」に生命を感じます。「白き」は略し「光の失せにけり」でも良いかと思いましたが。

・秋夕焼掌に載るほどの念持仏

・雪の夜の黒き電線伝ひて訃

…突然の訃報と冬(「雪の夜」)とは、詩的に相性が良く、また(白い)「雪」と「黒き電線」というモノクロの背景がそれを強調しているようです。

・兵なりき死ありき星辰移り秋

…戦争も戦争の傷痕も見てきた夏の星辰(星座)が、秋へと移っていく、という句意と思います。秋へと移りゆく星辰は「救い」かも知れません。

・六道の辻に咲く夜のからすうり

…烏瓜の花はそれ自体の形、夜に咲き蛾が花粉を媒介するなど妖しさが漂います。
中七から下五にかけて「咲く夜のからすり」という「夜の」を介在させる措辞は見事です。

・ながらへて春の闇濃し地にいくさ

・これ以上赤くなれぬと椿落つ

・海山も誰彼も遠(おち)秋時雨

…季語(「秋時雨」)の選択が見事です。時雨(初冬)とは異なり、晩秋の侘びしさが伝わります。

・春疾風我が追憶を掠め去る

・艦といふ大きな棺(ひつぎ)沖縄忌

…戦艦大和をはじめとし、沖縄沖で多くの船が撃沈され人ごと海底に沈み、未だ引き上げられていません。そうした英霊への思いを感じます。

余談ですが、戦争中に撃沈され海の藻屑と消えた死者の、実に2/3が民間船です。海軍の船は1/3です。民間の船は、軍部から「お国のため」と極めて危険な任務の遂行を命令され、死しても「英霊」とも呼ばれることなく、骸も魂もうなそこを漂っています。

・春月や老ひてゆく日の身づくろひ

…「春月」の使い方が見事です。ぴたりと収まっています。

・まだ生きるつもり湘南海びらき

…自虐めいていますが、開き直った明るさを感じます。

・我置きて友ら何方(いづち)に冬桜

〈三橋敏雄 30句抄-遠山陽子・選〉

・少年ありピカソの青のなかに病む

…「青」とは「青の時代」(1901-1904年のピカソの作風)です。若書きの新鮮さを感じます。

・絶滅のかの狼を連れ歩く

…上五「絶滅の」により、ある程度は作者の状況が分かります。夢かぼんやりと想像していると思います。一方「おおかみに螢が一つ付いていた 金子兜太」は、やや童話的な印象がします。

・鈴にいる玉こそよけれ春のくれ

…季語「春のくれ」の選択が良いのか、今でも分かりません。

・ふるさとや多汗の乳母の名はお福

…「お福」(実際の名は「フク」でしょうが)という名前も良いと思います。汗に甘酸っぱさも感じます。こうした素朴でやや鄙びた郷愁の句は、簡単そうに見えて、なかなか書けないものです。

・戦争と畳の上の団扇かな

…「人類に空爆のある雑煮 かな 関悦史」を連想します。関氏は私より若く1969年生。
当然、戦争体験はありません。メデイアが発達した現代における世相を詠んでいます。
ただ結果として句(詩)では、戦争体験者の故・三橋敏雄氏と同方向のベクトルかと思われます。

・あやまちはくりかへします秋の暮

…この句の季語の選択は見事です。他に見当たりません。戦争に限らず人間は同じような過ちを繰り返します。人間の拭いきれない性(さが)かも知れません。

戦争の句が多かったようですが、次のような句もあります。

・あらそはぬ種族ほろびぬ大枯野          田中裕明

〈暗唱句〉

生活・行事〈行水-晩夏〉
・ある暗さ行水盥置くほどの            岡本 眸      (☆)

動物〈蜥蜴-三夏〉
・しんかんと蜥蜴が雌を抱へをり          横山白虹      (☆)
・満月にかたまりねむり蜥蜴の子          金子青銅
・寸分の縞狂ひなく蜥蜴の死            髙崎武義
・蜥蜴隠る乙女自決の濠の口            栗田やすし

植物〈蕗-初夏〉
・やまみづの珠なす蕗の葉裏かげ          飯田蛇笏      (☆)
・蕗を煮て妍を捨てたる女かな           古館曹人

これで重要季語132、例句360です。

2013年5月26日日曜日

【角川『俳句』6月号より ③】

〈わたしの宝物 10 新作 5句『蝸牛』花谷清〉

・雲と水いづれに親し杜若

燕子花の本意・本情をよく捉えていると思います。燕子花は花菖蒲に比べ、控えめで淋しい感じの花です。「天上も淋しからんに燕子花 鈴木六林男」
花菖蒲では「雲」との相性が悪くなります。

〈作品 12句『あはひ』中村正幸〉


・海よりも大きく春の動きけり


一刀両断のごとく、明快にして深く「春」の本質をついています。


・絶唱のしづけさにあり落椿

早朝に地に敷きつめられた落椿の景は、確かに「絶唱」しているようにも見えます。ここでは視覚情報が聴覚情報にすり替わります。聴覚の情報は遮断され、余計に「しづけさ」を感じます(「視覚→聴覚遮断」の構造)。

「落椿とは突然に華やげる 稲畑汀子」よりさらに踏み込んでいます。
「閑かさや岩にしみ入る蟬の声 芭蕉」は、聴覚・心的要素→聴覚遮断の構造かと思います。

〈作品 12句『待つわ』小川真理子〉

・青ぬたの酢味噌が余る美しく

景が浮かびます。この酢味噌は市販のものではなく、手作りのものと思われます。白味噌、とりわけ西京味噌ではないでしょうか。

〈作品 12句『おはぐろ』島谷征良〉

・十も蕾持つ芍薬を仏花とす

開ききった花はすぐに萎えてしまいます。掲句は「蕾」の多い状態の芍薬を供えています。やがて蕾は開きます。その行為は「復活」を願うという大仰なものではなく、現世での魂の居場所を作っているようです。開いたばかりの芍薬は魂の鎮座する場であり、ふかふかの座蒲団かも知れません。

〈作品 12句『膏雨』谷口智行〉

・乳難の山羊屠りゐる膏雨かな

取り合わせの変型です。
「膏雨」は春雨の傍題ですが、その説明は少なく、例句も乏しいようです。
広辞苑で「膏雨」を引くと「(「膏」は、うるおす意味)農作物をうるおしそだてる雨。よいしめり。甘雨。」とある。身近なものでは「軟膏」があります。

そうしたうるおいの雨の中、乳難のため育てていた山羊を屠っています。
「屠殺」と「膏雨」のコントラストは、声なき嘆きのようです。また「膏雨」は「救い」や「癒やし」のようでもあり、生死の輪廻すら感じさせます。

拙句です。「風花や屠りし牛の黒目にも 山咲臥竜」…屈折した青年像ですが、ここには「救い」や「癒やし」はありません。

・味噌まぶせ塩かけたれと鯖鬻ぐ

「鬻(ひさ)ぐ」は、「売る、あきなう」の意味です。
郊外での行商などを想像します。そこに集まっている人の数さえ見えてくるようです。中七「塩かけたれ」の「たれ」は「たり」の命令形ですが、関西弁のような勢いのある響きがしてきます。

〈作品 12句『水の回路』青山茂根〉

・朝焼は猫の鼻ほど湿りをり

朝焼という視覚情報の一部が「猫の鼻のしめり」に転換されていると思います。夕焼に置き換えると成立しません。朝焼と夕焼は同じ景ではありませんが、やはり朝のひんやりとした湿気も関係していると思われます。
湿った鼻は犬でも良さそうな気はしますが、やはり猫でしょうか。犬の鼻は食餌の後などに舐めることがあるため不浄な感じがします。朝焼の清潔感には猫の方が良さそうです。

〈暗唱句〉
時候〈灼く-晩夏〉
・灼けてゐる礁に耳つけ濤を聴く          篠原 梵      (☆)
・干魚の眼が抜けゐたり熊野灼く          茨木和生
・鉄棒といふ直線の灼けてをり           永野佐和

天文〈五月闇-仲夏〉
・しら紙にしむ心地せり五月闇           暁 台       (☆)
・やはらかきものはくちびる五月闇         日野草城

地理〈滴り-三夏〉
・滴りの蕗の葉をうつ音なりし           三橋鷹女
・つく息にわづかにおくれ滴れり          後藤夜半      (☆)
・滴りや次の滴りすぐふとり            能村登四郎
・ひと亡くて山河したゝる大和かな         角川春樹
・滴れり日の出前なる明るさに           茨木和生

これで重要季語129、例句353です。

2013年5月25日土曜日

【角川『俳句』6月号より ②】

〈作品16句『蜃気楼』棚山波朗〉

・招きたる潮に溺るる潮まねき

「大人の童話」にも似た、諧謔のなかにもペーソスが漂っています。

・龍宮の花の屑なるさくら貝

そう言われると、そうかも知れないと思ってしまうところがあります。「虚」を「実」にうまく転換しています。「白魚のさかなたること略しけり 中原道夫」を連想します。

・蜃気楼立つ一湾の音を統べ

視覚(「蜃気楼」)に聴覚情報(波の音など)が遮断されています。それほどの荘厳かつ幻想的な景。蜃気楼は朝に起きやすいため、なおさらその感が強くなります。

〈作品16句『折山』中西夕紀〉

・春禽の飛ぶとき色を捨てにけり

(雄が)羽根を拡げると、鮮やかな羽根は見えなくなったのか、すばやい飛翔に人間の動体視力では追えなくなったのでしょうか。できれば後者として捉えたいところです。

・一蝶の水に貼りつく足掻きかな

水溜りに落ちた蝶が必死に翅をばたつかせている姿を「足掻き」と表現しています。
翅をばたつかせる度に鱗粉は剥がれ落ち、その粒子が周囲の水面に浮いているでしょう。
「悪足搔き」という言葉の通り、蝶はやがて死を迎えます。
残酷な景ですが、俳人としての冷徹な視線を感じます。

〈作品8句『大和坐り』倉橋羊村〉

・水陽炎も映えて少女の藍浴衣

少女の清潔感を感じます。「藍浴衣」の柄は朝顔でしょうか。
時折、「水陽炎」を季語として用いる方がいます。「陽炎」とは現象を全く異にし、また歳時記の傍題にも見られません。

〈作品8句『薔薇の風』水田むつみ〉

・かの人を偲べと薔薇の濃むらさき

言われてみれば「濃むらさきの薔薇」には、陰性のメッセージを有しているかのようです。他の薔薇が多弁に美しさを競い合っている中、「濃むらさきの薔薇」は深く沈黙しています。この薔薇は、やがて内部に言霊を有し、呪詛めいた言葉をつぶやきそうです。

〈作品8句『砂漠の星』山陰石楠〉
(なし)

〈作品8句『丘の落暉』山元志津子〉
(なし)

〈作品8句『鳴いてすぐ』鳥居三郎〉
(なし)

〈暗唱句〉
植物
〈萍-三夏〉
・萍をしきりに送り舟の棹             石田勝彦      (☆)
・漂ふはなびくにあらず萍も            津森延世

〈黴-仲夏〉
・かほに塗るものにも黴の来りけり         森川暁水
・黴匂ふ仏の千手意味無意味            平畑静塔
・黴のアルバム母の若さの恐ろしや         中尾寿美子     (☆)
・黴の世や言葉もつとも黴びやすく         片山由美子

これで重要季語126、例句343です。
『角川俳句大歳時記』の重要季語は終わりました。
『新日本大歳時記』と『日本の歳時記』から「洩れ」を探してみます。

時候;「灼く」、「夜の秋」
天文:「五月闇」、「片蔭」、「旱」
地理;「滴り」、「卯波」、「土用波」
生活・行事;「行水」「髪洗ふ」、「鯉幟」、「菖蒲湯」、「端居」、「柏餅」、
      「土用鰻」、「走馬灯」、「打水」、「早乙女」、「繭」
動物;「蜥蜴」
植物;「蕗」
と、21の季語の「洩れ」があります。多くは生活・行事の項です。
3つずつ片付けていきましょう。

2013年5月24日金曜日

【角川『俳句』6月号より ①】

〈俳人の時間 26 長谷川櫂 新作5句〉

・夏痩せて妻は美人に戻りけり

最後の句は諧謔。作者を伏せてこの一句のみ抽出すれば、特に驚きはありません。
しかしそれまでの4句との落差が大きく、また作者に対する先入観が働いているためか、つい目を奪われます。突然の「スローボール」を「魔球」と捉えてしまうかのような錯覚が起きます。俳句は「無名の詩」であるべきとつくづく感じます。

〈特別作品 50句 『普賢象』黒田杏子〉

・花を待つかなしきことをかなしまず

深い哀しみを抱えつつ、淡々と生きていく作者の姿勢が表れています。花を待つ姿は祈りに近いものです。

・高野より吉野へ暁の花三分

「暁の」により、高野山から吉野山までの徒歩による移動を想像させます。
「暁の花三分」の措辞は、暁光、山の朝の冷たく澄んだ空気、そして咲き初めた山桜の白い花弁などのディテールを浮かび上がらせます。また同時に「梅が香にのつと日の出る山路かな 芭蕉」を連想させます。

・三井寺をあふれんばかり花の闇

「花の闇」の「闇」は「闇夜」のことでしょう。「花の闇」からは、ほのあたたかい閑かさが伝わってきます。
「三井寺をあふれんばかり」という措辞は、具体的な対象(「三井寺」)を出すことにより、「花の闇」という抽象的なものが具現化し、その広がりまでもが伝わります。
なお「花の闇」を「花万朶」等に置き換えると、一気に陳腐な句となってしまいます。

・花の夜はロールキャベツをあたためて

他の作品と比べると散文的ですが、「花の夜」と「(冷えた)ロールキャベツ」の相性が抜群に良いと感じます。
「(冷えた)ロールキャベツ」の、白濁し粘度の増したスープや、鈍い光までも感じられます。

・満開の月の薄墨桜かな

月下の薄墨桜の妖気すら感じます。
「満開の」、「月の」と重複して薄墨桜を修辞しています。「月の」が中七にあります。一見地味ですが確固としたレトリックです。

・鉦の音の過ぎて鈴の音花の辻

「鉦の音」から「鈴の音」までの徒歩による移動の距離感も伝わります。「花の辻」とは、なかなか出て来ない措辞です。

〈暗唱句〉
植物

〈昼顔-仲夏〉
・昼顔のほとりによべの渚あり           石田波郷     (☆)
・ひるがほに電流かよひゐはせぬか         三橋鷹女
・昼顔は誰も来ないでほしくて咲く         飯島晴子
・昼顔や捨てらるるまで櫂痩せて          福永耕二

〈苔の花-仲夏〉
・苔さくや仏うするゝ石の面            石橋秀野     (☆)

これで重要季語124、例句337です。

2013年5月23日木曜日

【季語の本意・本情】

夏の風邪をひいてしまいました。昨日、パチンコ店に行ったせいでしょう。

今日は悪寒を感じつつ、不快な脂汗をかきました。

夏の風邪は、肺炎などを併発や重症化は少ないものの、
体力の消耗が激しいものです。

以前にも話しましたが、風邪には「風邪(冬)」、「春の風邪」、「夏の風邪」とありますが、「秋の風邪」はありません。三季の季語です。


「春の風邪」には春の明るさを感じ、「夏の風邪」には夏の暑さを感じます。

これらは季語の本情です。

秋の風邪が何故ないのか…当然、秋にも風邪はひきます。

季語がない理由としては、そこに「秋らしさ」を見いだせないからだと思います。

「「秋」に病む」でも充分伝わりますし、「風邪」との区別が付きにくいからではないでしょうか。
そもそも「秋」という季語自体が蕭条とした感を有しています。
そこに風邪を付けても付加価値は生まれにくいという側面もあるかと思います。

さて上記の「肺炎などを併発や重症化は少ないものの、体力の消耗が激しい」という箇所は「夏の風邪」の本意です。


季語には本意と本情があります。単なる「単語」ではありません。その季語が有する情報量は決して少なくありません。


季語の本意・本情を理解しないまま句作に励んでも、結果として焦点の合わないものしか出来ません。結局は時間と労力の浪費に繋がります。
また、たとえ季語の本意・本情に背くにしても、季語の理解が前提となります。

季寄せは既に捨てました。
タブレット端末(iPhone、iPad)に、「角川合本歳時記」のアプリを入れていますが、実際のところあまり使っていません。

季寄せや卓上版の歳時記に慣れてしまうと、季語の理解に乏しくなりがちです。

それを解消するには、(複数の)大歳時記に慣れ、活用することです。
例句の量もさることながら、季語の説明が豊富です。
できれば初学者には、最初からその習慣を身に付けて欲しいと思います。

〈暗唱句〉
植物

〈箒木-晩夏〉
(なし)

〈夏草-三夏〉
・夏草や兵どもが夢の跡              芭 蕉       (☆)
・夏草に汽罐車の車輪来て止る           山口誓子
・夏草や死はことごとく奪ひ去る          長谷川 櫂

〈青蘆-三夏〉
・青蘆に夕波かくれゆきにけり           松藤夏山
・青蘆にすつと入れたる舳かな           川崎展宏      (☆)
・蘆茂るくらきふところ匂はせて          山上樹実雄

これで重要季語122、例句332です。