【立ち止まる勇気】
荒梅雨です。
硝子戸を叩き付ける雨音を聞きながら惰眠を貪り、休日を過ごしました。
俳句を始めるにあたって、上達することが第一の目標です。
何も俳句に限らずどの芸術にもいえることです。
「上達する」とは、今の自分よりもう一段上の高みにおいて恒常性(ホメオスターシス)を維持することです。
上達するには努力を要しますが、問題はその「努力のしかた」です。
「努力のしかた」に個人差はあるでしょうが、合目的でない方法は勧められません。
出来るだけ効率の良い「努力のしかた」を選択していかねばなりません。
ひっきりなしに句会(所属結社以外の句会や仲間内でも)に参加する初学の方もおられますが、それだけで著しく上達した人を知りません。
名句を暗唱する、入門書、歳時記を読む、旧仮名・文語に慣れる、…これらを同時に行うことが求められます。特に歳時記は常に読む必要があります。
句会に参加すること自体は悪いことではありません。ただ本来の目標を見失うような方法では逆効果となる危険性があります。
強い「迷い」や「不安」を感じたら、時には「立ち止まる」勇気が必要です。
思い切って俳句から離れてみます。
離れてみると却って見えてくるものもあります。
自分と俳句や俳句界との関係などを俯瞰しつつ、俳句に踏み出した当初の思いなどに思いを馳せます。
しかしながらこれが出来ない方が少なくありません。
「迷い」や「不安」を掻き消すために、忙しそうに立ち回り、意識の外に追い出そうと必死の抵抗を試み、やがては己を正当化する殻を作ることで、恒常性(ホメオスターシス)を保とうとします。
こうした方の指導を受ける初学者は不幸です。
このことは一部の問題ではなく、俳句界全体に蔓延する「負の遺産・連鎖」と呼べる体質にも関係しているかと思います。
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