2013年2月22日金曜日

「取り合わせの変型」について

おもしろさ急には見へぬすすきかな          鬼 貫

やはりこの句の「おもしろさ急には見へぬ」は「すすき」の説明であり、「一物仕立て」と思います。
語調を変えれば、「すすきとは急には見へぬおもしろさ(あり)」と散文に近くなり、その内容は「芒の風情はすぐには分からない(しばらくすると感じられる)」ということになります。

「一物仕立て」とは、散文に近いものを「切れ」や調べにより韻文として成立している要素が大きいものです。

・遠山に日の当たりたる枯野かな            高浜虚子

この句は「取り合わせの変型」です。
初学の頃、この句が理解出来ませんでした。日が当たっているのが何処なのか分かりませんでした。

・さまざまのこと事おもひ出す桜かな          芭 蕉

この句も「取り合わせの変型」です。

それぞれに「切れ」を入れてみると

/遠山に日の当たりたる/枯野かな/
/さまざまのこと事おもひ出す/桜かな/

となります。句の前後の「切れ」の説明は既にしました。
ここで問題となるのは句中の「切れ」です。
連体形になっていますが、これらの句中には小さな「切れ」が存在します。見落としやすい「切れ」です。

大まかに言うと、「12拍(内容)(語尾は連体形)+〇〇〇かな」という形であり、
特に「〇〇〇」に季語が入る場合には読む上において注意を要します。

下五とは別に12拍(内容)が独立しているか(していなければ「一物仕立て」)が一番のポイントになります。
しかし分かりにくいものもありますし、両方に取れる場合もあります。
両方に取れる場合は、より良い方を選ぶというのが一般的です。

しかし悩ましいですね…とりあえず読む上においては、「〇〇〇(季語)かな」という構造の句はやや注意し、取り合わせの変型ではないかと疑うことが大事であり、読む力をつけることにも繋がるかと思います。

追記です。「俳句は十七文字の文芸」とよく言われますが、少なくとも私は「十七文字」でも「十七音」でもなく、「十七拍」と呼ぶことにしています。

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