【角川「俳句」3月号 特別作品50句「寒の華 高野ムツオ」より】
① 揺れてこそ此の世の大地去年今年
② 死者二万餅は焼かれて膨れ出す
③ 寒木の影海に向き海の色
④ 大寒の陽が缶詰の鯨より
⑤ 山どれも秘奧を蔵し雪の川
⑥ 冬林檎刃を入れし時軋む
⑦ 星雲は宇宙のとぐろ春を待つ
⑧ 冬眠のままの死もあり漣す
⑨ 白魚のまなこ無数が陸奥の国
まず俳句は時事を詠むには適さない詩型であると私は認識しています。
それでも心を動かされる句は評価しています。
①…確かに次の災害は起こるでしょう。生きとし生きる者としての「悟り」にも似た諦念か、生命への賛歌か、その両方に取れます。
②…餅が膨れ上がり破裂する寸前の危機感を感じます。
③…静まり返った海岸と鈍色の海が見えてきます。
④…鯨の缶詰から光明を見出しつつ、現実には大寒の陽がないことを示唆しています。
⑤…日本は山岳信仰ですが、雪山となればその奥処に対するの秘匿性が高まります。「雪の川」とは「雪解川」とは異なるものです。
⑥…「冬林檎」は被災者や被災地の隠喩であり、その無機質な音が聞こえてきそうです。
⑦…人間は危機的状況に陥った時、真理や大局観を求めることが少なくありません。それらは一時的にせよ希望なのです。それらを信じつつ「春を待つ」のです。
⑧…「冬眠のままの死」とは死者や被災者の隠喩です。さざなみは魂の救済にして、静かに、哀しいまでに美しいレクイエムを奏でているかのようです。
⑨…句中の「切れ」が分かりにくいのですが、「/白魚のまなこ無数が/陸奥の国/」と読みたいと思います。「無数の白魚のまなこ」は死者の隠喩です。
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