2013年7月29日月曜日

【黒こんにやく】

以前に『月の茗荷』鳥居真里子(角川書店)を紹介し、その中から私なりに10句を選び、鑑賞しました。


その中でも、どうもすっきりしない句がありました。

それでしばらく再考し、改めて鑑賞してみました。

・黒こんにやくちぎつてなげて椿かな


蒟蒻と言えば、黒く、四角い板状(板蒟蒻)が一般的です。

製造過程において、本来は白灰色なのですが、ひじき等で黒くしています。

掲句ではあえて「黒こんにやく」し黒を強調しているようです。

また「黒こんにやく」を「こんにやくを」に置き換えると、字余りは解消されますが、「を」という助詞の介在がやや間延びした印象を与えます。「を」を省略しても意味は通じます。
更には、上から中七を一気に読ませた方が、一句全体にメリハリが付き、効果的です。

「椿」は藪椿と思いますが、花弁は紅色でも、少し黒みを帯びています。

ここで「黒こんにやく」の「黒」が効いてきます。
薮椿は、咲いている花も莟も、また落椿も、色の変化はそう目立ちません。
白椿の場合、痛み具合により茶色を帯び、花、莟、落椿には色の差異が目立ちます。

ここからは推察になります。


作者は家にいて、嫁姑の問題等や、電話により、激昂する場面に遭遇しているのではないかと思います。

激しい怒りに、冷蔵庫やレジ袋の中にある蒟蒻(板蒟蒻)を取り出し、厨口あるいは裏口から裏庭に出たと推測します。裸足のままかも知れません。

怒りをぶちまくかのように、蒟蒻を乱暴に手でちぎり投げています。

投げる方向や範囲はある程度限られると思います。ちぎった蒟蒻の断片の多くは、怒りの対象である人でもあり、地面に叩き付けているでしょう。ちぎっては投げ、ちぎっては投げの連続です。それでも全く同じ所には投げていません。

そうすると連続して投げていた蒟蒻の断片が、ある輪郭を持ち始めます。本人も感情的になっている時はそのことを強く意識しません。ただ網膜に視覚情報は残っています。


冷静になりその時の視覚情報を思い出し、あるいは意識化にあるネガティブな体験を探る作業により、次第に何かの形に似ていたことに気付きます。錯視と連想が働きます。


ちぎっては投げていた蒟蒻の断片は椿ではないか、断片は花や莟のようであり、そして落椿のようだと作者は気付きます。

黒こんにやくをちぎつてなげたところ、(仮想現実ながら)それらは椿を形づくってしまった。

掲句は過去の体験を手繰り寄せ、掲句が作ったのではないかと思います。つまりとタイム・ラグが存在するかと考えます。


これが今の私の読解力の限界です。深読みし過ぎ、あるいは的外れかも知れません。ご容赦下さい。



〈暗唱句〉

植物〈紅葉-晩秋〉

・この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉         三橋鷹女     (☆)

・義仲や臓腑のごとき紅葉山             大串 章

時候〈身に入む-三秋〉

・野ざらしを心に風のしむ身かな           芭 蕉      (☆)
・身に入みて貝殻骨のありどころ           岡本 眸
・身に入むや汁粉にしづむ玉ひとつ          橋本榮治

天文〈天の川-三秋〉

・荒海や佐渡に横たふ天の川             芭 蕉      (☆)
・妻二タ夜あらず二タ夜の天の川           中村草田男
・ちちははに遠く銀河に近く棲む           上村占魚
・嗽するたびに近づく銀河かな            鳥居真里子  
・眠るたび父は銀河に近づきぬ            櫂 未知子

以上で重要季語42、例句116です。
【読書録;7月】

①『きみはいい子』中脇初枝(ポプラ社)

近郊のある街(公園)を舞台に、児童虐待やネグレクトの問題など、問題現代社会に生きる人々の抱える心理的問題を描いています。


②『晴天の迷いクジラ』窪 美澄(新潮社)

カバーデザインとタイトルからライトな内容かと思いましたが、意外にヘビーな箇所も少なくありませんでした。前半の読み応えのあるヘビーな内容が、後半にかけ薄れていくのがやや残念な感じがしました。

③『世界から猫が消えたなら』川村元気(マガジンハウス)

現在のある気付きから回想(過去)を遡りつつストーリーを組み立ていくテクニックは良いと思いますが、如何せん設定に無理があるのは否めません。充分な資料に基づいたリアリティーに富む土台となる舞台設定が欲しいところです。

④『ホテルローヤル』桜木紫乃(集英社)

先日、直木賞受賞作(第149回)となったに決定した小説です。
これからゆっくり読みますが、帯やカバーデザインからでも伝わってくるものがあります。はや期待が膨らみます。


〈暗唱句〉
天文〈後の月-晩秋〉

・月白もなく上りけり後の月             草間時彦
・思はざる山より出でし後の月            福田甲子雄     (☆)
・祀ることなくて澄みけり後の月           川崎展宏

生活〈砧-三秋〉

・ともし火と砧の音のほか洩れず           後藤比奈夫     (☆)

動物〈鯊-三秋〉

・灘町は昔の構へ鯊を干す              木村蕪城      (☆)

以上で重要季語39、例句106です。

2013年7月28日日曜日

【角川『俳句』8月号より④(終)】

“希望の星たち-新世代作品特集


〈『来て』小川楓子〉

-代表句3句-

・かなしみに芯あるゆふべ鶴来るよ

…「芯のあるかなしみ」とはどのようなものでしょうか。既にしこりとなり薄らぐことのない深いかなしみやトラウマなどでしょうか。「鶴」は観念的なものかと思います。

-新作7句-
(なし)

〈『三連画』関悦史〉
-代表句3句-

・人類に空爆のある雑煮かな

…世界のどこかで「空爆」を伴う紛争は起きています。
「空爆」と「雑煮」が並列に置かれていますが、その乖離は大きいものです。
「空爆」の映像に危機感を抱くことなく、「雑煮」を食べている現代の日本の姿をシニカルに描いているようです。

-新作7句-
(なし)

〈『ふれて』佐藤文香〉
-代表句3句-

・少女みな紺の水着を絞りけり

…第二次性徴を迎えた少女らのエロスが伝わります。絞った水着から溢れる水には、盛りを予感させるフェロモンが溶け込んでいそうです。
ここで中七を「スクール水着」に置き換えてみると、全く味気のないものになってしまいます。「紺の水着を」という措辞が効いていますが、「の」「を」という助詞の働きを感じます。

-新作7句-

・ふれて紙の表か裏か天の川

…触覚と視覚をうまく使っています。特に触覚の使い方が上手いですね。
紙の表を触り次に裏を触ると、ざらりとした感覚が指先から伝わります。それを「天の川」という視覚に結びつけています。

〈『長崎旅情』中内亮玄〉
-代表句3句-

・氷噛み砕き人骨確かにある

「氷噛み砕き」は「人骨噛み砕き」と置き換えることができそうです。獣のごとき獰猛さ暴力的衝動を表現しているのかも知れません。

-新作7句-
(なし)

〈『そよぐ』村上鞆彦〉
-代表句3句-

・投げ出して足遠くある暮春かな

…暮春の身体感覚の不確かさを感じます。そこには「春愁」も感じられます。

-新作7句-

・峰雲や献花いちりんづつ置かれ

…残暑厳しい中での慰霊祭(原爆忌、終戦記念日)の景が浮かびます。「いちりんづつ置かれ」により、時間の経過と厳粛な雰囲気が伝わります。

〈『快晴』西山ゆりこ〉
-代表句3句-

・駆け回る子に夏帽で蓋をする

子どもに夏帽を深く被せ、視野を一時的に狭窄させることにより、精神的にブレーキをかけ落ち着かせているかと思います。
観察による着眼が良く、さらにそれを「蓋をする」という措辞で見事に表現しています。

-新作7句-
(なし)

〈『水澄む』杉田菜穂〉
-代表句3句-

・学会の夜のホテルに泳ぎけり

遠方地における学会に参加していますが、半分はバカンスのようなものかと思われます。学会に参加することにより、日頃の忙しさから解放されます。「自由な時間と空間」を「泳いでいる」のだと思います。

-新作7句-
(なし)

〈『車と女』榮猿丸〉
-代表句3句-

・箱降ればシリアル出づる寒さかな

…四角ばった「(シリアルの)箱」や粉雪をまぶしたような「シリアル」の視覚情報、「箱」を振る音や「シリアル」のこぼれる音に対する聴覚情報により、「寒さ」という季語を表現していると思います。

-新作7句-

・汝(な)が髪の弛みしカール花散れる

…「カール」が弛んだ髪からは、何かが零れ落ちそうです。「花散れる」との相性が良いと思いました。「花(華)」は「桜」に置き換えることが出来ません。

〈『雲の峰』大谷弘至〉
-代表句3句-

・波寄せて詩歌の国や大旦

…大景にして浪漫的であり、周囲を海に囲まれた日本によくあった新年詠と思います。

-新作7句-
(なし)

〈『香水』日下部由季〉
-代表句3句-

・冬鷗海の青さを奪い合ふ

乱舞する冬鷗の白と海の青と、色彩の対比が良いかと思います。

-新作7句-

・水薄く薄く使ひてみづすまし

…「水」を「薄く使う」という発想が素晴らしいと感じました。さらに「薄く薄く」と重畳することにより、具体的な「厚み」まで読者に連想させます。

〈『今夏』鶴岡加苗〉
-代表句3句-

・春待つや山にふところ川に淵

…「川に淵」とありますから「山」そのものでしょうか。待春の心を「山」と自然に委ねているようです。

-新作7句-

・郭公や地図で見るより長き坂

…夏山の坂を歩いています。「地図」とありますから「登山」かも知れません。坂では郭公が鳴き、牧歌的でもあります。
一句を通して見ると「坂」は上り坂と分かりますが、「地図より長き上り坂」「地図より上り坂長き」でも良いかと思いました。

〈『虹』山口優夢〉
-代表句3句-

・投函のたびにポストに光入る

…ポストの中からの視点と思われます。無機質で不気味な世界感です。
無季ですが、この「光」は夏の光、とりわけ「薄暑光」の印象がします。

当初は掲句に驚嘆しました。不気味な世界感は江戸川乱歩の小説を彷彿とさせるものがありました。それでも現代の技術ならば可能ではないかと思うと、その不気味さが薄らぐのを感じました。科学技術の進歩も含め、普遍性を維持するのは困難であると思います。

上記は「無季」の課題でもあり、「季語」を見直す契機かも知れないと思案しているところです。

-新作7句-

・沢蟹の泥から出でて泥に入る

…描写が良いと思いました。ただ「沢蟹」の「沢」と「泥」との相性はどうかと疑問を持ちました。この「沢蟹」には食指が働きません。

〈『踏切近く』中本真人〉
-代表句3句-

・なまはげの指の結婚指輪かな

…ややネタバレのような感じもしますが滑稽句です

-新作7句-
(なし)

〈『蜜豆大臣』田島健一〉
-代表句3句-

・飛び魚のほのと塩味よぞらの塩

…句意は分かります。
「魚」が「塩味」ということにやや常識的な感じがします。「よぞらの塩」が後付けであまり効果的ではない気がします。「飛び魚の」は「飛び魚に」でしょうか。「よぞらの塩」の「塩」は、「味」「香」「粉」などでも良い気がします。

-新作7句-
(なし)


〈暗唱句〉
動物〈落鮎-仲秋〉

・球磨の鮎はらわたまでも錆びしかな         有働木母寺    (☆)
・落鮎に星曼荼羅の深夜かな             加藤楸邨
・落鮎や流るる雲に堰はなく             鷹羽狩行

植物〈栗-晩秋〉

・みなし栗ふめばこゝろに古俳諧           富安風生     (☆)
・ふたたびは来ることもなき栗の路          後藤夜半
・栗食むや若く哀しき背を曲げて           石田波郷

時候〈爽やか-三秋〉

・さわやかにおのが濁りをぬけし鯉          皆吉爽雨     (☆)
・爽やかや風のことばを波が継ぎ           鷹羽狩行
・百本の筆の穂ならぶ爽気かな            能村研三

以上で重要季語36、例句101です。

2013年7月27日土曜日

【角川『俳句』8月号より③】

〈『俳句』とわたし・新作7句『惡相』高橋睦郎〉


・雨あひの宙に燈れりビアホール


…こうした景をときどき見かけます。「ビアホール」は本来、開放的で明るく、笑い声が絶えないというイメージがありますが、掲句の「ビアホール」は活気に乏しく、笑い声も聞こえず、淋しい感じがします。


〈『俳句』とわたし・新作7句『こだま』今瀬剛一〉

・脱ぎ散らす衣の重さ牡丹散る


…牡丹の崩れた花弁は大きく重量感もあります。脱ぎ捨てた衣類と感覚的に近いものを感じます。


〈『俳句』とわたし・新作7句『稽古』大石悦子〉

・白玉や歳月癒しやうのなく


…「癒やしやう」という表現は、連用形「癒やし」(連体形「癒す」ではない)+名詞の形です。広辞苑で「よう」を調べると「(動詞の連用形に付いて…)…するしかた。…するぐあい。」とあります。そういう使い方として「癒やしやう」なのでしょう。

「歳月は癒さることがない」は、辛い体験のまま過ぎ去った年月でしょうか。
白玉の「球状」の形と「白」の色は、「魂」などのイメージとも重なり、過ぎ去った年月の記憶を惹起させる要因になっているのかも知れません。

〈『俳句』とわたし・新作7句『虹』寺井谷子〉
(なし)

〈『俳句』とわたし・新作7句『夕ぐれ』小島 健〉
(なし)

〈『俳句』とわたし・新作7句『楷』西村和子〉


・べか舟の殷賑いづこ梅雨葎


…「べか舟」は、海苔の採集のための舟ではなく、江戸時代に利根川支流などの水運用の舟と思います。どちらも薄い板で造られています。「殷賑」は盛んで賑やかなことです。江戸時代には「べか舟」が行き交い、賑わっていた利根川水系ですが、今はその面影もないと嘆いているようにも感じられます。「梅雨葎」が悲しさを強くしています。


〈『俳句』とわたし・新作7句『天體』中原道夫〉


天體を吊す紐なし金魚玉


…「天體」は地球も含めた宇宙の星々でしょうか。それらを全て球体として考えるなら、西瓜の吊し紐のようなものがあればなぁ、と吊している金魚玉を眺めながら想像しているのでしょうか。


〈『俳句』とわたし・新作7句『青梅雨』片山由美子

(なし)

〈『俳句』とわたし・新作7句『頭上』小澤 實〉

・わが髪も燃えて匂ひや毛虫焼く


…毛虫を焼くとき、火の具合を見ていて自分の髪も焦がしたのでしょうか。毛虫の死体を焼く匂いより、髪の毛の動物性蛋白質が焼ける匂いの方が、生々しい匂いがしそうです。


〈『俳句』とわたし・新作7句『夏の雨』津川絵里子〉

・帰路はよく話す青年韮の花


おそらく行きは緊張しているのでしょう。帰りは緊張から解放されて多弁となっています。現在の景としては若者の就職活動などを想像します。小ぶりで白い「韮の花」の花が、ささやかながら青年を祝福しているようです。



〈暗唱句〉
時候〈夜長-仲秋〉

・妻がゐて夜長を言へりさう思ふ           森 澄雄
・長き夜の楽器かたまりゐて鳴らず          伊丹三樹彦    (☆)
・これよりの夜長の橋とおもふべし          田中裕明

天文〈十六夜-仲秋〉

・十六夜の妻は離れて眠りをり            石川桂郎     (☆)
・十六夜の金蠅よよと出てゆけり           鳥居真里子

生活〈稲刈-仲秋〉

・稲刈つて鳥入れかはる甲斐の空           福田甲子雄    (☆)

以上で重要季語33、例句92です。

2013年7月26日金曜日

【角川『俳句』8月号より②】

〈記念作品8句『丹波栗』齊藤夏風〉

(なし)

〈記念作品8句『一絵』小檜山繁子〉

(なし)

〈記念作品8句『祇園会』辻田克巳〉

(なし)

〈記念作品8句『熱田祭』加藤耕子

(なし)

〈記念作品8句『塵泥』中村和弘〉

(なし)

〈記念作品8句『梅雨長し』岩淵喜代子〉

(なし)

〈作品12句『夏の日々』友岡子郷〉

・医へ通ふとき白靴を選びけり

…通院治療をしている方の気持ちが伝わります。
(他者;医師に対しては)診察が念頭にあるため、おそらくインナーも着替えているでしょう。(本人にとっては)「白」とは何かしらの「心構え」に近い心理も働いているでしょうか。「白靴」の本情である「涼しさ」は、少しでも憂鬱な気持ちを晴らしたい気持ちの現れかも知れません。

〈作品12句『海峡』伊藤敬子〉
(なし)

〈作品12句『闇の深さ』鳴戸奈菜〉

・今にして父の哀しみ日雷

…遠雷の日雷でしょうか。その雷鳴と「亡父の生前の哀しみ」との取り合わせが良いと思います。季語「日雷」が動きそうにありません。

〈作品12句『島』橋本榮治〉

・観音か聖母か岬の南風に立つ

…「題;島」がなくても、南国の島の最南端の岬を連想させます
何かの像が立っていますが、海からの潮風、照りつける太陽、颱風などにより、もはや原形を止めていません。地理的条件、風土性、景観から想像すると、「聖母像」も含めキリスト教の像を想像します。

〈作品12句『暁闇』櫂未知子〉

・清水のむ旅にしあれば目を閉ぢよ

旅先での「清水」に対する指南書のようです。
視覚を遮断させることで、「清水」の美味さが倍増するようです。干からびた喉に清冽な「清水」が流れ落ちる様子が浮かびます。

〈作品12句『洋室』齊藤朝比古〉

・夕焼の蛇口に唇の近付きぬ

…今はどうか分かりませんが、私の少年期では普通に蛇口に唇を付け水道水を飲んでいました。部活動の後の景ではないでしょうか。
「唇の近付きぬ」は、取り立てて言うことでしょうか。「夕焼の蛇口」という景が良いだけに、後半がやや残念な気がします。


〈暗唱句〉

生活〈灯籠-初秋〉

・かりそめに灯籠おくや草の中             飯田蛇笏     (☆)
・山蛾(さんが)食ひ切子ふたたび明(めい)もどす   橋本多佳子
・墓に行く切子の房が草に濡れ             福田甲子雄

動物〈雁-晩秋〉

・病雁の夜寒に落ちて旅寝かな             芭 蕉
・雁の声のしばらく空に充ち              高野素十
・雁や残るものみな美しき               石田波郷     (☆)

・かりがねに空あけてある大和かな           角川春樹
・あをあをと雁の道あり加賀の国            田部谷 紫

植物〈葡萄-仲秋〉

・亀甲の粒ぎつしりと黒葡萄              川端茅舎     (☆)
・葡萄食ふ一語一語の如くにて             中村草田男
・葡萄剪る奧へ奧へと眼のとんで            神蔵 器

以上で重要季語30、例句86です。

2013年7月25日木曜日

【角川『俳句』8月号より①】

〈記念作品5句『緑陰』金子兜太〉

(なし)

〈記念作品5句『牡丹八百』後藤比奈夫〉

(なし)

〈記念作品5句『海深く』鷹羽狩行〉


・白粥の湯気に香のあり今朝の秋


…「湯気」が少し気になりましたが、「立秋」によく合う素材を用いて、視覚・嗅覚を働かせています。


〈記念作品5句『五月晴』稲畑汀子〉

(なし)

〈記念作品5句『祝八百号』有馬朗人

(なし)

〈記念作品5句『海山』宇多喜代子〉

(なし)

〈記念作品5句『正面に』深見けん二〉


・浅間山を隠してそよぐ大夏木


…「戦(そよ)ぐ」は「そよそよと音をたてる」という意味ですが、「さやぐ;ざわざわと音がする。ざわめく」の方が適切でしょうか。

また順序が逆の方が動きが感じられそうです。「大夏木さやぎ浅間を隠しけり」など。

〈記念作品5句『夏木立』大峯あきら〉


・青葉木菟鳴いてこの谷行き止まり


…梟は閑散とした森に棲んでいそうです。「この谷行き止まり」では、ひらけた景となりそうです。

「青葉木菟」を下五に置き換えて、「これよりの森の深みや青葉木菟」「これよりは森深うなり青葉木菟」などとすると、景が安定しそうな気がします。

〈記念作品5句『楡大樹』宮坂静生〉


・帯広の楡の大樹を仰ぎ夏至


…「帯広」が眼目です。一般的に北海道以南では「夏至」は梅雨最中で、「冬至」に比べるとあまり感慨深いものではありません。その点、帯広ならば「夏至」に対する思いが出てきます。
短い夏を経て、また長い冬が近付きます。「夏至」は一年の折り返しの意味を持ちます。「楡の大樹を仰ぎ」も情・景としてよく合っています。
今回の「記念作品」群の中では、最も優れた作品だと思います。

〈記念作品5句『死も涼し』黒田杏子〉

(なし)

〈記念作品5句『睡蓮』鍵和田秞子〉


・昭和とほし皿に音たて枇杷の種


…今回の「記念作品」群では二番目に優れた作品だと思います。情・景ともにしっかりしています。懐かしさを感じると共に、当時の記憶がよみがえってくるようです。


〈記念作品5句『樹林帯』矢島渚男〉


・引き込んでゆく蟻達の穴黒し


…焦点が「蟻(達)」か「(蟻の)穴」か、やや定まっていない気がします。穴の内部を窺わせる措辞が欲しいところです。「引き込んで静かなりけり蟻の穴」など。


〈記念作品5句『大樹海』和田悟朗〉

(なし)

〈記念作品5句『涼しさ』茨木和生〉

(なし)


〈暗唱句〉

時候〈秋の暮-三秋〉

・此の道や行く人なしに秋の暮            芭 蕉

・貌見えてきて行違ふ秋の暮             中村草田男
・秋の暮大魚の骨を海が引く             西東三鬼     (☆)
・百方に借ある如し秋の暮              石塚友二
・あやまちはくりかへします秋の暮          三橋敏雄

天文〈名月-仲秋〉


・名月や畳の上に松の影               其 角

・すらすらと昇りて望の月ぞ照る           日野草城     (☆)
・名月や打上げられし磯の草             石塚友二
・干網の目を満月のあますなし            金箱戈止夫
・名月や石の下なる蚰蜒蜈蚣             高橋睦郎

地理〈初潮-仲秋〉


・初汐や旭(あさひ)の中に伊豆相模         蕪 村      (☆)


以上で重要季語27、例句75です。「地理」は一旦終わりにします。

2013年7月24日水曜日

【土用の鰻】

土用は本来、各季の終り(次の季節の前)の18日間でしたが、現在ではもっぱら夏の土用(7/20〜8/7頃)を指します。

土用の丑の日が2回となる場合が多々あります。2013年は「土用の丑の日」は7/22とと8/3です。

「土用鰻」が飛ぶように売れます。
「土用鰻」の由来には諸説ありますが、平賀源内(1728年 - 1780年)の説が通説です。

Wikipediaによると、『商売がうまく行かない鰻屋が、夏に売れない鰻を何とか売るため源内の所に相談に行った。源内は、「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めた。すると、その鰻屋は大変繁盛した。その後、他の鰻屋もそれを真似るようになり、土用の丑の日に鰻を食べる風習が定着したという。』とあり、また
鰻の旬は冬眠に備えて身に養分を貯える晩秋から初冬にかけての時期』とあります。

出来れば鰻専門店で「完全天然」の鰻を一度ご賞味下さい。天然と養殖の鰻の差は歴然たるものがあります。世界感・人生観が変わります。「生きていてよかった」と心から思う筈です。

少し変わった鰻料理を紹介します。
・「白焼」…たれを付けずに焼き、山葵や山椒の実をかける。
・「せいろ蒸し」…福岡中心。鰻を焼いてから蒸す。蒲焼きと、タレを混ぜ込んだご飯をせいろで一緒に蒸し、鰻やタレのうまみをご飯に染み込ませる。
・「ひつまぶし」…名古屋中心。鰻の蒲焼を細切りにして、錦糸玉子など共にとおひつのご飯の上に載せる。二杯目は茶漬けにして。
・「まむし」…関西中心中心。御飯と鰻の蒲焼を交互に重ねた鰻重。「鰻(う)重ね」ということも。
・肝(きも)焼…内臓をよく水洗いして数匹分をに刺し、たれをつけて焼いた物。大部分はなどの内臓で、肝臓は普通含まれない。
・うざく…焼いたウナギの切り身とキュウリミョウガなどを使った酢の物
・う巻き…鰻の白焼または蒲焼を芯にして巻いた卵焼き

どの料理にしても素材が重要です。


〈暗唱句〉
生活〈秋の灯-三秋〉

・秋の燈やゆかしき奈良の道具市           蕪 村      (☆)


動物〈鶺鴒-三秋〉


・せきれいや庭にひろごる球磨磧           有働木母寺    (☆)

・石叩き激流ここに折れ曲り             大峯あきら

植物〈柿-晩秋〉


・山柿や五六顆おもき枝の先             飯田蛇笏     (☆)

・柿照るや母系に享けて肥り肉            岡本 眸
・人減つて村ぢゆうの柿熟すなり           水田光雄

以上で重要季語24、例句64です。

2013年7月23日火曜日

【夏痩せて】

両膝関節痛に加え、夏風邪に罹患し、ボロボロです。
全身倦怠感が強く、頭は鈍く、美酒・美食を楽しむ気力もなく、ここ数日臥せっていました。

健康は大事です。健康でなければ不健康なことが出来ません。
不良なことには、禁断の蜜を舐めるような、後ろめたさと愉悦とがあります。
道徳(モラル)や法という何らかの「枠」や「秩序」などがあってこそ生じる感情でしょうが、そこには「(知的)好奇心」が働いているのではないかと思います。
根底が「無秩序」であれば、そうした感情は薄れます。

話は変わります。


夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり             三橋鷹女


掲句は「旧かな・口語」です。文語であれば「嫌いなる」という形容動詞になります。

夏痩せしていても栄養価とは別に、元来嫌いなものは口にしない、という鷹女の気骨が表れているようです。

ところで上五には「も」(逆説の確定条件を示す「助詞」)が省略されています。

ここであえて「も」を付けてみます。
「夏痩せても嫌ひなものは嫌ひなり」…中七は保っています。確かに意味は分かりやすくなりますが、韻文らしさは失せ、散文に近くなり、説明に終わりそうです。

つまり「も」の省略により読者は想像を働かせます。

「韻文」である俳句では、中八の問題がよく取り上げられますが、このように上五・下五でも起こり得えます。


こうした発見もまた俳句を読む上での楽しみ方のひとつかも知れません。


〈暗唱句〉
時候〈新涼-初秋〉

・新涼や白きてのひらあしのうら           川端茅舎    (☆)


天文〈月-三秋〉


・月光にぶつかつて行く山路かな           渡辺水巴    (☆)

・父がつけしわが名立子や月を仰ぐ          星野立子
・月明の一痕としてわが歩む             藤田湘子
竹伐つて月の光に打たせあり            長谷川櫂
・眠る子の息嗅ぐ月の兎かな             仙田洋子

地理〈秋の水-仲〉

・石一つ堰きて綾なす秋の水             深見けん二   (☆)
・竹折れしまま重なつて水の秋            廣瀬直人

以上で重要季語21、例句58です。

2013年7月22日月曜日


俳壇8月号より⑤(終)


〈現在作家の窓『田の面』片倉光宏〉


・搔き終へし田を月光の均しけり

「月光」にウェイトがあるため(適していない季重なりのように感じます。「月光」を替えても良いかと思います。

現在作家の窓『白南風』久田幽明
(なし)

現在作家の窓『朝焼け』中澤澄子
(なし)

現在作家の窓『島景色』服部くらら

・乗船に下船に押さふ夏帽子

…景はよく見えます。中七の「押さふ」の連体形は「押さふる」です。掲句の場合は「押さへ」と連用形にするのが良いかと思います。

現在作家の窓『花に寄せて』比日野睦子

・薔薇供ふもんぺ姿の母にかな

…下五「母にかな」の「かな」は名詞か連体形にしか接続せず、「に」という助詞には接続しません。一物仕立てとしては、上五の「供ふ」も不自然です。「供ふ」は下二段活用です。

現在作家の窓『誕生仏』舩山東子
(なし)

〈競泳・新句集の人々『香炷けり』石田蓉子〉

・えご散るや瞽女を祀りし由来書

…取り合わせに安定した感じがします。素材も良いと思います。

競泳・新句集の人々『天平の燕』大久保志遼

・百坊の甍統べたり親燕

…新鮮さには欠けるものの、安定した感じがします。

競泳・新句集の人々『天平の燕』大久保志遼

・みたらしの団子の匂ふ木下闇

…「みたらし団子」の甘い匂いや、砂糖醤油の葛餡のウェット感を、「木下闇」とうまく取り合わせています。


〈暗唱句〉
生活〈新米-三秋〉

・にぎはしく指間をこぼれ今年米           鷹羽狩行     (☆)

・新米の袋の口をのぞきけり             綾部仁喜

動物〈鵙-三秋〉


・百舌啼いて風腥き木の間かな            闌 更      (☆)  

・かなしめば鵙金色の日を負ひ来           加藤楸邨

植物〈桃-初秋〉


・中年や遠くみのれる夜の桃             西東三鬼

・白桃のかくれし疵の吾にもあり           林 翔
・桃向けば夜気なめらかに流れそむ          伊沢正江     (☆) 
・白桃の皮引く指にやゝちから            川崎展宏

以上で重要季語18、例句50です。