2013年7月15日月曜日

【句集『月の茗荷』より】

『月の茗荷』鳥居真里子(角川書店、2008年)。372句収録。
一筋縄ではいかない手強さで、句集3冊分ほど疲れます。

意識的にか、全体として季語の本情にあまり頼っていない印象がしました。

10句を紹介します。

① 生きる途中土筆を摘んでゐる途中

…人生には有限であり、瞬間の積分とも言えます。「土筆」を摘んでいる時間は人生の瞬間であり、微分です。
何気ない日常の場面を切り取っていますが、そこから人生の儚さに対する愁いや、束の間の生の喜びなどが感じられます。

② 嗽するたびに近づく銀河かな

…うがいをする時、喉頭を挙上・伸展し、筋肉を振動させ、口腔内の水分を泡立てながら音を出します。声楽のビブラートのように、能動的に低音域から高音域までの音を発することが可能です。
その音は天や宇宙に対する、ある種のメッセージのようにも感じられます。心理的に「銀河が近づく」と捉えています。

③ 内戦のごとくに白玉浮いて来し

…「白玉」は魂の隠喩でしょうか。戦でも同じ器の中の事象であることから「内戦」なのでしょう。
現代では単に(過去の)「戦争」というより(現代の)「内戦」の方がリアリティーを感じます。旧ソ連諸国、アフリカ、北アイルランドなどにおける、同朋たちによる殺戮を思い浮かべます。

④ 田螺鳴く月夜や母にもどらねば

…「田螺鳴く月夜」という措辞には、「亀鳴く」などに比べると不自然な感じが薄く、ある種の懐かしさを感じます。
「母にもどる」とは「母の傍にもどる」のでしょうか、それとも(胎児として)「母の子宮にもどる」のでしょうか。「田螺」ですから後者かも知れません。

⑤ 生春巻の中のにぎはひ荷風の忌

…ベトナム料理の「生春巻」。半透明の膜より中の具材の、小エビ(赤)、韮(緑)、白ネギ(白)などが透け、色彩豊かです。これを「にぎはひ」と表現しています。
私生活では波瀾万丈の生涯を送った永井荷風。上手い取り合わせと感じました。

⑥ 人間デナクテヨカッタ虎落笛

…カタカナ表記がさらに無機質な印象を強めています。風か、竹垣の古竹か、それ以外の無機物の声でしょうか。
しかしこれを書くのは人間であり、この句では人生に対する諦念が感じられます。

⑦ ところてん平和一本崩しけり

…「平和」?や秩序のある国家は、一塊として、それなりの恒常性(ホメオシターシス)を維持しています。
「ところてん」は、テングサなどの寒天質の塊を「天突き」で押し崩したものです。
受け皿があれば良いのですが、無ければ地面に断片をぶちまけることになります。もはやそれらを拾い上げることもままなりません。
「平和」や秩序が崩壊した際の難民・ボートピープルを連想します。

⑧ 索麺の忌日のごとく流れくる

…流し索麺です。次から次から索麺の糸が流れてきます。
忌日は季語に加え、身近な人の忌日まで含めると数え切れないほどです。
生きていれば近親者の忌日は増える一方です。一つ忌日を越したかと思えばまた次の忌日が近づきます。
何気ない日常の場面を切り取っていますが、そこから人生の儚さに対する愁いや、束の間の生の喜びなどが感じられます。

⑨ 黒こんにやくちぎつてなげて椿かな

…「椿」とは椿の花弁でしょうか、または落椿でしょうか。
「こんにゃく」と花弁の肉の厚みは共通点がありそうです。
花弁の色は薔薇などの真紅ではなく、一滴黒を混じたような僅かに黒ずんだ赤です。
「黒こんにゃく」ををちぎり投げ、それらが重なると、椿の花弁または落椿に見えなくもありません。
やや強引にして(暴力的でもあり)、それでいて説得力があります。

⑩ 鶴眠るころか蠟燭より泪

…末尾の句です。綺麗な感じで締めています。
「蠟燭の泪」は「鶴」の心の奥処の泪なのでしょう。
どういう泪でしょうか。郷里を偲ぶ泪、旅の疲れと安堵による泪、「渡り」を繰り返す宿命に対する泪、民話の「鶴の恩返し」の「鶴」の姿に戻った女の泪…ここは敢えて限定しない方が良さそうです。読者を突き放したような感じはしません。「鶴の泪」というだけで美意識が働きますが、あとの肉付けは読者任せにしているようです。

「帯」の自選12句のうち3句が一致しました。「黒こんにやく…」、「生きる途中…」、「鶴眠るころか…」です。

連休も終わりました。「海の日」の水難事故は痛ましい限りです。

そろそろ秋の暗唱句を始めたいと思います。
向上心のある方は、本来 1万句程度は暗唱すべきと思いますが、代表的季語の暗唱句を揃え、他の季語の名句を補い、「暗唱句 1.000句」を作りたいと考えています。
「角川 覚えておきたい極めつけの名句1000」は敢えて見ていません。先入観を除くためです。
またどうしても、という方のために「暗唱句365」なるものを作るよう努める所存です。

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