2013年7月6日土曜日

『カルナヴァル』選・評

『カルナヴァル』金原まさ子(草思社)を三度読み、選と寸評をしてみました。

① ああ暗い煮詰まっているぎゅうとねぎ
「ぎゅうとねぎ」の「ぎゅう(と)」は牛肉のことでしょうか、それともオノマトペでしょうか。そのどちらでも可ではないかと思います。

② やわらかくわけも云わずに蛭が付く
…「やわらかく」は作者の感覚。「わけも云わずに」は蛭を擬人化しています。蛭も生き物である以上、何らかの理由はあるのでしょうが。

③ 我肉を食べ放題や神の留守
…句集全体に「食」のテーマがありそうです。食べたり、食べられたり…この句の場合では食べられるのは「われ」、食べるのは「鮫」でしょうか。「食べ放題」という現代的な措辞からはバイキング料理や回転寿司を連想させ、食べる方は群れかも知れません。

④ 参鶏湯沸々「鉄の処女」ひらく
…丸ごと一羽の鶏に入れた切り口(具材を入れるため)から溢れそうな参鶏湯。
一方、中世欧州で用いられたとされる「鉄の処女」。これから処刑のため開いていきます。
沸々とした「参鶏湯」と「鉄の処女」に共通するものは、狂気にも似た人間の想像力ではないか思います。

⑤ ざら紙に青鉛筆で画く海鼠
…「海鼠」の俳句群は密度が濃いと思いました。
「裏・週間俳句」では森山いほこ氏が採られています。
「描く」より「画く」ですね。実際にそのようにしてみると、素人の私でもそれらしい海鼠の絵が描けそうです。

⑥ 前へ向いて後ろへあるく海鼠かな
どちらが頭でどちらが尻か分かりにくい生き物ならでは。現実的には「前」と思っていた方が「尻」ということでしょうが、俳句ならではの面白さを感じます。

⑦ 海鼠売りの男女がくぐる裏鬼門
「海鼠売り」は卑賤という印象を受け、この男女の棲む部落に巣くう因習めいたものを感じます。

⑧ 云うなれば咽喉通る酢海鼠の気分
「酢海鼠」を最後まで咀嚼して食べる人がいるでしょうか。私の苦手な食べ物の一つです。ただそれを食道に落とし込む時の感覚は、他のものでは代用できそうにありません。
確かに「云うなれば」です。

⑨ 鶴帰るとき置いてゆきハルシオン
「ハルシオン」の0.25 mg 錠は青色、0.125 mg 錠は桃色です。日本では渡り鳥としての鶴の殆どはナベヅルかマナヅルで、外観はあまり美しいとは言えません(白妙ではない)。タンチョウヅルは美しいのですが渡り鳥としては稀です。ただこの場合は、雪空を帰るタンチョウヅルのイメージを大事にしたいところでしょうか。

⑩ 肝臓にそっくり転移椿の斑
「裏・週間俳句」では小野祐三氏が採られています。
医学的には「そっくり転移」は稀です。ただ肝臓と椿(薮椿)の色と、転移巣と斑(むら)の色が二重に合っているように感じます。

⑪ 時間切れです声を殺してとりかぶと
「裏・週間俳句」では関悦史氏、山田耕司氏が採られています。
自虐的、露悪的ともいえますが、作者のほくそ笑んでいる姿を想像します。老人の狡さでもあり、特権かも知れません。

⑫ にこごりは両性具有とよ他言すな
…「煮凝り」の元の魚には雄もいれば雌もいて、それらの一部が混然となり猥雑ともいえる状態になります。それを「両性具有」と言ってもおかしくはありません。そうした秘密めいてグロテスクともいえる真実?を「他言すな」と言っています

⑬ いちじく裂く指を瞶(み)られてはならぬ
…「いちじく」は陰股部の隠喩と思います。すなわち肛門と女性器です。女性器を弄んでいる淫らな女性を想像させます。

⑭ 八号室全焼はんざきの檻残る
…個室の中に禁止されている動植物を持ち込んでいる人はいます。ある火災の現場検証から犯罪捜査へと展開していく物語を想像させます。

⑮ わが足のああ耐えがたき美味われは蛸
…ギリシャ神話の美青年ナルキッソスは、水に映る自分の姿に恋し溺死しました。この蛸は自分の足を食べ至福の境地に至っています。過剰なでの自己愛に耽溺し、個の維持という動物の第一義である、死に対する恐怖すら超越しています。

この句を読み、「年を歴た鰐の話」レオポール・ショヴォ(箸) 山本 夏彦 (翻訳)(文藝春秋)を思い出しました。蛸が鰐のために自分の足を食べさせるという自己犠牲の極みの話です。

⑯ 累々と月夜の蟻のみな他殺
…「蟻」は人類の隠喩であり、世界の裏側?で行われている大量虐殺を連想しました。

⑰ 深夜椿の声して二時間死に放題
…「死に放題」は作者のことでしょう。これも自虐めいた部分を感じました。己の魂が身体から抜けていく状態を想像し愉しんでいるようです。
不良高齢者ですね。まだまだ醜態を晒すには時間がかかりそうです。

⑱ 熊の掌のスウプ啜るに内股で
…あまりの美味さに急に月経(不正出血)が起こったり、バルトリン腺が緩むかも知れず、内股になっているということでしょうか。
女性器の問題は別にしても、憎らしいほどの胆力は感じます。

⑲ 流転注意そこは土筆のたまり場よ
…「流転」とは坂を転がり落ちることではありません。移り変ること、輪廻という意味です。新しい命が宿る際に誤って土筆野に生まれ落ちないようにと言っているようです。

⑳ 炎昼のかちっと嵌り死と鍵と
…己の死を「鍵」とし、死(地獄)の門の「鍵穴」にうまく嵌るタイミングを見計らっているようです

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