【角川『俳句』8月号より④(終)】
“希望の星たち-新世代作品特集”
〈『来て』小川楓子〉
-代表句3句-
・かなしみに芯あるゆふべ鶴来るよ
…「芯のあるかなしみ」とはどのようなものでしょうか。既にしこりとなり薄らぐことのない深いかなしみやトラウマなどでしょうか。「鶴」は観念的なものかと思います。
-新作7句-
(なし)
〈『三連画』関悦史〉
-代表句3句-
・人類に空爆のある雑煮かな
…世界のどこかで「空爆」を伴う紛争は起きています。
「空爆」と「雑煮」が並列に置かれていますが、その乖離は大きいものです。
「空爆」の映像に危機感を抱くことなく、「雑煮」を食べている現代の日本の姿をシニカルに描いているようです。
-新作7句-
(なし)
〈『ふれて』佐藤文香〉
-代表句3句-
・少女みな紺の水着を絞りけり
…第二次性徴を迎えた少女らのエロスが伝わります。絞った水着から溢れる水には、盛りを予感させるフェロモンが溶け込んでいそうです。
ここで中七を「スクール水着」に置き換えてみると、全く味気のないものになってしまいます。「紺の水着を」という措辞が効いていますが、「の」「を」という助詞の働きを感じます。
-新作7句-
・ふれて紙の表か裏か天の川
…触覚と視覚をうまく使っています。特に触覚の使い方が上手いですね。
紙の表を触り次に裏を触ると、ざらりとした感覚が指先から伝わります。それを「天の川」という視覚に結びつけています。
〈『長崎旅情』中内亮玄〉
-代表句3句-
・氷噛み砕き人骨確かにある
…「氷噛み砕き」は「人骨噛み砕き」と置き換えることができそうです。獣のごとき獰猛さ暴力的衝動を表現しているのかも知れません。
-新作7句-
(なし)
〈『そよぐ』村上鞆彦〉
-代表句3句-
・投げ出して足遠くある暮春かな
…暮春の身体感覚の不確かさを感じます。そこには「春愁」も感じられます。
-新作7句-
・峰雲や献花いちりんづつ置かれ
…残暑厳しい中での慰霊祭(原爆忌、終戦記念日)の景が浮かびます。「いちりんづつ置かれ」により、時間の経過と厳粛な雰囲気が伝わります。
〈『快晴』西山ゆりこ〉
-代表句3句-
・駆け回る子に夏帽で蓋をする
…子どもに夏帽を深く被せ、視野を一時的に狭窄させることにより、精神的にブレーキをかけ落ち着かせているかと思います。
観察による着眼が良く、さらにそれを「蓋をする」という措辞で見事に表現しています。
-新作7句-
(なし)
〈『水澄む』杉田菜穂〉
-代表句3句-
・学会の夜のホテルに泳ぎけり
…遠方地における学会に参加していますが、半分はバカンスのようなものかと思われます。学会に参加することにより、日頃の忙しさから解放されます。「自由な時間と空間」を「泳いでいる」のだと思います。
-新作7句-
(なし)
〈『車と女』榮猿丸〉
-代表句3句-
・箱降ればシリアル出づる寒さかな
…四角ばった「(シリアルの)箱」や粉雪をまぶしたような「シリアル」の視覚情報、「箱」を振る音や「シリアル」のこぼれる音に対する聴覚情報により、「寒さ」という季語を表現していると思います。
-新作7句-
・汝(な)が髪の弛みしカール花散れる
…「カール」が弛んだ髪からは、何かが零れ落ちそうです。「花散れる」との相性が良いと思いました。「花(華)」は「桜」に置き換えることが出来ません。
〈『雲の峰』大谷弘至〉
-代表句3句-
・波寄せて詩歌の国や大旦
…大景にして浪漫的であり、周囲を海に囲まれた日本によくあった新年詠と思います。
-新作7句-
(なし)
〈『香水』日下部由季〉
-代表句3句-
・冬鷗海の青さを奪い合ふ
…乱舞する冬鷗の白と海の青と、色彩の対比が良いかと思います。
-新作7句-
・水薄く薄く使ひてみづすまし
…「水」を「薄く使う」という発想が素晴らしいと感じました。さらに「薄く薄く」と重畳することにより、具体的な「厚み」まで読者に連想させます。
〈『今夏』鶴岡加苗〉
-代表句3句-
・春待つや山にふところ川に淵
…「川に淵」とありますから「山」そのものでしょうか。待春の心を「山」と自然に委ねているようです。
-新作7句-
・郭公や地図で見るより長き坂
…夏山の坂を歩いています。「地図」とありますから「登山」かも知れません。坂では郭公が鳴き、牧歌的でもあります。
一句を通して見ると「坂」は上り坂と分かりますが、「地図より長き上り坂」「地図より上り坂長き」でも良いかと思いました。
〈『虹』山口優夢〉
-代表句3句-
・投函のたびにポストに光入る
…ポストの中からの視点と思われます。無機質で不気味な世界感です。
無季ですが、この「光」は夏の光、とりわけ「薄暑光」の印象がします。
当初は掲句に驚嘆しました。不気味な世界感は江戸川乱歩の小説を彷彿とさせるものがありました。それでも現代の技術ならば可能ではないかと思うと、その不気味さが薄らぐのを感じました。科学技術の進歩も含め、普遍性を維持するのは困難であると思います。
上記は「無季」の課題でもあり、「季語」を見直す契機かも知れないと思案しているところです。
-新作7句-
・沢蟹の泥から出でて泥に入る
…描写が良いと思いました。ただ「沢蟹」の「沢」と「泥」との相性はどうかと疑問を持ちました。この「沢蟹」には食指が働きません。
〈『踏切近く』中本真人〉
-代表句3句-
・なまはげの指の結婚指輪かな
…ややネタバレのような感じもしますが滑稽句です。
-新作7句-
(なし)
〈『蜜豆大臣』田島健一〉
-代表句3句-
・飛び魚のほのと塩味よぞらの塩
…句意は分かります。
「魚」が「塩味」ということにやや常識的な感じがします。「よぞらの塩」が後付けであまり効果的ではない気がします。「飛び魚の」は「飛び魚に」でしょうか。「よぞらの塩」の「塩」は、「味」「香」「粉」などでも良い気がします。
-新作7句-
(なし)
〈暗唱句〉
動物〈落鮎-仲秋〉
・球磨の鮎はらわたまでも錆びしかな 有働木母寺 (☆)
・落鮎に星曼荼羅の深夜かな 加藤楸邨
・落鮎や流るる雲に堰はなく 鷹羽狩行
植物〈栗-晩秋〉
・みなし栗ふめばこゝろに古俳諧 富安風生 (☆)
・ふたたびは来ることもなき栗の路 後藤夜半
・栗食むや若く哀しき背を曲げて 石田波郷
時候〈爽やか-三秋〉
・さわやかにおのが濁りをぬけし鯉 皆吉爽雨 (☆)
・爽やかや風のことばを波が継ぎ 鷹羽狩行
・百本の筆の穂ならぶ爽気かな 能村研三
以上で重要季語36、例句101です。
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