【句集『無量』五十嵐秀彦(書肆アルス)より】
著者の五十嵐氏より戴いた、第一句集『無量』(300句)を拝読しました。
五十嵐氏は1956生まれ。私より10才上になります。
『藍生』、『雪華』、『北舟』に所属され、自らも『俳句集団 itak』の代表をされています。また2003年には第23回現代俳句評論賞を受賞されています。
まず全体の印象ですが、正直「難しい句が多い」と感じました。
しかしながら私が共感した句を挙げてみることにします。
・天道虫あこがれやすく死にやすく
…額面通り「天道虫はあこがれやすく死にやすいものだ」と取ると、意味がよく分かりません。
「天道虫」は、「天道虫のような人」などの省略ではないでしょうか。
またそれは陽気で楽観的で、希望(夢)が先行し、現実感に乏しい、精神的に未成熟な人の隠喩ではないかと思います。
そのような人は客観的に自分を見ることができないため、身の丈に合わない夢や羨望を抱き、あげくあっけなく死にやすいものです。
もしかしたら「詩人」も「天道虫」だと、自虐も含まれているかも知れません。
・留守といふことにしておけけらつつき
…「けらつつき」は啄木鳥です。啄木鳥のドラミングと、家(部屋)の戸をノックする音に共通点があります。
中七の命令形「しておけ」が句中の切れとなっていますが、歯切れが良いと思いました。
ところで現代はインターフォンが主流ですが、私もよく居留守を使います。
・露寒やどこにも行かぬ日の鞄
…一句の「立ち姿」がしっかりしています。
「鞄」はおそらく革製でしょう。革の鈍い光沢、皺、すり減った箇所など質感まで伝わります。「露寒」がそれを導いています。
ただ「どこへも行かぬ」というフレーズは俳句では、やや多用されている気はします。
作者には「鶏頭やどこにも行かぬ旅鞄」という句もありますが、掲句の方が優れていると思います。
・秒針の速度牡丹雪の速度
…夜中でしょうか、秒針の「チィチィチィ…」という音に切迫感があります。それに呼応するように降る牡丹雪。北国ならではの景です。
「雪降れり時間の束の降るごとく 石田波郷」
「雪の速さで降りてゆくエレベーター 正木ゆう子」などの句を想起させます。
私は以前に金沢に行った際、雪の降る音や時間当りの降雪量に驚いたことがあります。
・うららかに行方知れずとなりにけり
…「うららか」という季語が効果的です。全体に安心感が漂います。
携帯電話など持たず、半ば意図的に「行方知れず」になる、または事前の連絡なしにふっと小旅行に出かけるなど、失踪にも遊び心が感じられます。軽妙洒脱。
・鬼罌粟や夜の水となるインク壺
…鬼罌粟の花色は朱色で、中心部に大きな黒の斑点があるものが基本です。(http://ja.wikipedia.org/wiki/オニゲシ)。鬼罌粟の椀状の形や中心部の黒さと「インク壺」に関連性があるのでしょうか。
万年筆をインク壺に浸けていると、ふと鬼罌粟の中心部に差し込んでいる錯覚をしたのかも知れません。
この句の「鬼罌粟」を「雛罌粟(ポピー)」や「罌粟の花」に置き換えることは出来ません。
〈暗唱句〉
天文〈露-三秋〉
・芋の露連山影を正しうす 飯田蛇笏 (☆)
・蔓踏んで一山の露動きけり 原 石鼎
・金剛の露ひとつぶや石の上 川端茅舎
・白露や死んでゆく日も帯締めて 三橋鷹女
・露けしや妻が着てゐる母のもの 細川加賀
動物〈蟷螂-三秋〉
・かりかりと蟷螂蜂の皃を食む 山口誓子 (☆)
・蟷螂の一枚の屍のうすみどり 古館曹人
植物〈菊-三秋〉
・菊の香や奈良には古き仏達 芭 蕉 (☆)
・しらぎくの夕影ふくみそめしかな 久保田万太郎
・岨に向く片町古りぬ菊の秋 芝 不器男
・菜に混ぜて小菊商ふ嵯峨の口 飴山 實
以上で重要季語69、例句196です。「天文」はいったん終わりとします。
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