【角川「俳句」9月号より③】
〈日本の俳人100⑤ 小笠原和男句集『手持ち顔』〉
-新作7句『もう盛夏』-
・なめくじら顔があるからくたびれる
…一物仕立てとして読めば句意が分かりません。掲句は取り合わせの句です。
顔も含め個性がなければ、人間はせちがらい世のしがらみに煩わされるもない、という反語のようです。その象徴的存在(隠喩)が、「蛞蝓」かと思います。
-『手持ち顔』自選20句抄-
・木の瘤を叩いて廻る十二月
…眼目は「十二月」です。これは動きません。
景が浮かびます。心はなかば虚ろでではないでしょうか。こうした体験は私も含め、誰しもありそうです。日常の一コマを俳句にまで昇華する作業は、簡単なように見えて難しいものです。
・頬被取りたる顔の得手不得手
…「頬被」をして表情が読めないことは、ある種の緊張感を生じます。「和」を重んじる日本のややさびれた農村地区でしょうか。馴染みの人でも気を遣うものです。
そのためあらかじめ動作を観察したり、近づきつつも声をかけながら、補助的な材料を得ようとします。
しかしそれでも「頬被」を取ると、予想外の表情と遭遇するあるかもしれません。それを「得手不得手」と表現しているかと思います。
〈今日の俳人 作品7句『立ち泳ぎ』上澤樹實人〉
・麦の穂の波立ち雀立ち泳ぎ
…やや機知を感じますが、「麦の波」というように、丈の伸びた麦畑を海と捉え、そこに垣間見える雀を「立ち泳ぎ」していると喩えているようです。
〈今日の俳人 作品7句『櫨ちぎり』藤 勢津子〉
・朝霧の晴るる早さよ岳樺
…避暑地などの山荘の景を想像します。ただ中七末の「よ」は、一句の流れ(句の調べ)にそぐわない気がします。下五は植物の「岳樺(だけかんば)」を用いていますが、「朝霧」にも関係があり、動物(鳥など)でも良いかと思います。
〈今日の俳人 作品7句『日和』梶原美那〉
(なし)
〈今日の俳人 作品7句『紅斑』田口紅子〉
・頭上より切火を打たれ祭の子
…素直な句と思います。子どもの健やかな成長を「切火」に託しています。ただ子の立場でなく、大人(親)の立場でも良いかと思います。そうなれば中七の「打たれ」が「浴びせ」になるでしょうか。
〈今日の俳人 作品7句『せせらぎ』陽 美保子〉
・生命のはじめはまろし占地茸
…茸の笠は丸みを帯びています。ここで「占地茸」を選んでいるのは、他の茸と違い密集して生えるからではないでしょうか。それは現代の人類にも通じているように思えます。
〈今日の俳人 作品7句『異客』橋本 直〉
・獺祭忌益の蕎麦屋の牛蒡天
…獺が多くの魚を獲た後、それを祭るように並べ、後にこれを食べるという中国の伝承からの季語、これが「獺魚を祭る」・「獺祭」です。
正岡子規はこの季語にちなんで「獺祭書屋主人」と号し、その忌日として「獺祭忌」があります。
ただ掲句の場合、「獺祭忌」よりむしろ「獺」の習性?(俗説)に力点が置かれている感じがします。
中七からの「駅の蕎麦屋の牛蒡天」は、やや貧相な食事かも知れません。特に「駅の」が効いています。また「かけ蕎麦」ではなく、牛蒡天のみのトッピングが効果的です。
「獺」の習性?(俗説)と、「駅の蕎麦屋の牛蒡天」とのギャップが滑稽でもあり、やがては「もののあはれ」に行き着くような気がします。
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