エンゲル係数が極端に高い私ですが、常に馳走を食べている訳ではありません。
子どもの頃は駄菓子屋に入り浸り、半永久的に「当たり」を引き(当時は判別が容易でした)、それを半値で悪ガキどもに売り飛ばしたりし、店主のおっちゃんやおばちゃんから煙たがられていました。
家庭はどちらかというと裕福な方でしたが、「美食」の習慣はありませんでした。「美食」は友人の親から習い初めたと思います。
ジャンクフード1回目の今回は、まず郷愁にも似た「ほろ苦い」思い出からです。
① 躑躅の花(蘂)…子どもの頃住んでいた久留米市は躑躅(市の花)が有名です。
子どもの頃、友だちと他人の家の躑躅の花(蘂)を吸い散らかしていました。蝶とか蜂のような可愛い吸い方ではなく、むしゃりと花ごと吸い込んで、あとは反古を撒き散らすかのような有り様でした。
とにかく「ナチュラルな仄甘さ」が至る所に無尽蔵にありました。
全く不思議ですが、今はあの「懐かしい甘さ」は感じません。
私が業多きゆえでしょうか。非常に残念です。
② 蛇苺…よくつまみながら野山を駈け回っていました。ところがある時、二つに割ったところ中に白い虫がいました。ショックを受けて、以後食するのを止めました。
③ 金柑…これも良く盗み食いしていました。ある時大量(50個くらい)に食べ過ぎて、腹痛を起こし、入院させられました(初回)。今でも一、二個は失敬して食べています。
④ 蜂の子…友だちの家が養蜂場を営んでいて、遊びに行きました。友だちが蜂の巣を割って私に渡したのですが、蜂の子が「うにうに」としており、すぐさま蛆を連想しました。結局食べることが出来ず、友だちに深く謝った思い出があります。
⑤ 辛子明太子…昔はお中元・お歳暮の時分、家に溢れ返るほどの物品が届いていました。大型の冷蔵庫に辛子明太子の桶(鮨屋の舎利を切るものに似ていますが、今は目にしません)を見つけ、両親の目を盗み、桶の中に全ての辛子明太子を出し(中味は案外少ない)、余った桶のスペースにジャーの御飯を全て山盛りに入れ、それをしゃもじで搔き込みました。その日の家族の御飯はなくなり、当然ながら叱られ、しかも再度腹痛を起こし、入院させられました(2回目)。
⑥ ハム類…⑤と同様に、お中元・お歳暮の定番です。目ざとい私は、山となった品からハム・焼き豚セットの塊を取り出し、両親の目を盗み、肉食獣の如くかぶり付きました。結局6本を貪りました。そして腹痛です。
当時、「わんぱくでもいい、たくましく育って欲しい」というCMがありました。
父はひややか目で悶絶している私を見下ろし、「お前はわんぱくではない、単なる餓鬼だ!」と罵り、入院させられました(3回目)。
更に退院の日に迎えもなく、一人とぼとぼと歩いて帰宅しました。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」。
それでは不評の暗唱句を…
〈暗唱句 ⑤〉
時候
〈春の暮-三春〉
・大門の重き扉や春の暮 蕪 村
・いづかたも水行く途中春の暮 永田耕衣 (☆)
・手を拍つて小鮒追ひこむ春の暮 大串 章
・ブランデーケーキ一片春の暮 星野麥丘人
天文
〈春雨-三春〉
・春雨や蓬をのばす草の道 芭 蕉
・春雨や小磯の小貝ぬるるほど 蕪 村 (☆)
・春雨や一間にひとりづつこもり 廣瀬直人
・春雨に濡れし礁を波が舐め 清崎敏郎
地理
〈雪解-仲春〉
・雪とけて村一ぱいの子どもかな 一 茶
・雪解川名山けづる響かな 前田普羅
・光堂より一筋の雪解水 有馬朗人 (☆)
・やがてわが真中を通る雪解川 正木ゆう子
・やがてわが真中を通る雪解川 正木ゆう子
生活・行事
〈種蒔-晩春〉
・指さすがごとく種蒔く農婦かな 山口誓子
・遠くにも種蒔く拳閉じ開く 西東三鬼 (☆)
・種を播く死ぬまで同じ山仰ぎ 瀧 春樹
・遠くにも種蒔く拳閉じ開く 西東三鬼 (☆)
・種を播く死ぬまで同じ山仰ぎ 瀧 春樹
動物
〈雁帰る-仲春〉
・胸の上に雁行きし空残りけり 石田波郷
・雁ゆくや古き映画の二本立テ 安住 敦 (☆)
植物
〈藤-晩〉
〈藤-晩〉
・くたびれて宿借る頃や藤の花 芭 蕉
・藤垂れてわが誕生日むらさきに 山口青邨
・白藤や降りやみしかばうすみどり 芝 不器男
・滝となる前のしづけさ藤映す 鷲谷七菜子 (☆)
これで重要季語36。例句97です。もうすぐ折り返しです。
これで重要季語36。例句97です。もうすぐ折り返しです。
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