桜の蕾は膨らみ、いつ初花が見られてもおかしくはありません。
私はまだ疲れやすく、気分もあいまいです。それも春らしい、といえばそうなのですが。
「中庸」…子どもの頃からさんざん父に言われてきた言葉です。それだけ私が世間の社会常識から大きく逸脱していたからでしょう。
ただ説教する父も常識をわきまえていません。
父は完全なる亭主関白かつ内弁慶です。暴君に近いほどです。自分のことしか考えていません。嫌なことや自分の興味がないことは母か他人にやらせます。
必殺技は「妻子のために身を粉にして働いているのもわからんのかぁ!」です。
100万回は聞いたでしょうか。今でもうなされます。PTSDです。
今でも私は父と瓜二つと言われます。
若気の至りの頃は別にして、私は少なくとも父より「常識」があると思うのですが…いや、団栗の背比べをしても仕方ありません。もっと志を高く持つべきです。
ここ数年、両親を含め高齢者(大病の方は別)を、ちびちびと言葉苛めをしています。
昔の事例を持ち出し、今でもその考え方に揺らぎはないか等、真偽のほどを問います。
すると高齢者は、「ゆるしてくれ…あの頃は自分も若く、一生懸命で、つい…ゆるしてくれ」と洩らします。
高齢者となったことにより免罪符でも受けたのでしょうか。
「狡い(手口)なぁ」と感じます。同時に自分が高齢者になったら、同じような文言を楯にしようかと思います。
しかしよく考えてみれば、少子高齢化に伴って咎める若者もおらず、また社会がそうした弁明に免疫がつくことを考慮すると、その作戦は空振りに終わる可能性も大です。
時代に応じた第二、第三の楯を常に備えておくべし、と思う次第です。
〈暗唱句 ⑬〉
生活・行事
〈仏生会-晩春〉
・ぬかづけばわれも善女や仏生会 杉田久女 (☆)
〈復活祭-晩春〉
(なし)
植物
〈菫-三春〉
・山路来て何やらゆかしすみれ草 芭 蕉
・かたまつて薄き光の菫かな 渡辺水巴
・「大和」よりヨモツヒラサカスミレサク 川崎展宏 (☆)
・膝折れば祈りのかたち菫摘む 馬場駿吉
・すみれ束解くや光陰こぼれ落つ 鍵和田秞子
〈蒲公英-三春〉
・たんぽぽや長江濁るとこしなへ 山口青邨 (☆)
〈蒲公英-三春〉
・たんぽぽや長江濁るとこしなへ 山口青邨 (☆)
・たんぽぽや日はいつまでも大空に 中村汀女
・たんぽぽのぽぽと絮毛のたちにけり 加藤楸邨
・車輪繕う地のたんぽゝに頬つけて 寺山修司
これで重要季語74、例句は205です。
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