〈わたしの宝物 10 新作 5句『蝸牛』花谷清〉
・雲と水いづれに親し杜若
燕子花の本意・本情をよく捉えていると思います。燕子花は花菖蒲に比べ、控えめで淋しい感じの花です。「天上も淋しからんに燕子花 鈴木六林男」
花菖蒲では「雲」との相性が悪くなります。
〈作品 12句『あはひ』中村正幸〉
・海よりも大きく春の動きけり
一刀両断のごとく、明快にして深く「春」の本質をついています。
・絶唱のしづけさにあり落椿
早朝に地に敷きつめられた落椿の景は、確かに「絶唱」しているようにも見えます。ここでは視覚情報が聴覚情報にすり替わります。聴覚の情報は遮断され、余計に「しづけさ」を感じます(「視覚→聴覚遮断」の構造)。
「落椿とは突然に華やげる 稲畑汀子」よりさらに踏み込んでいます。
「閑かさや岩にしみ入る蟬の声 芭蕉」は、聴覚・心的要素→聴覚遮断の構造かと思います。
〈作品 12句『待つわ』小川真理子〉
・青ぬたの酢味噌が余る美しく
景が浮かびます。この酢味噌は市販のものではなく、手作りのものと思われます。白味噌、とりわけ西京味噌ではないでしょうか。
〈作品 12句『おはぐろ』島谷征良〉
・十も蕾持つ芍薬を仏花とす
開ききった花はすぐに萎えてしまいます。掲句は「蕾」の多い状態の芍薬を供えています。やがて蕾は開きます。その行為は「復活」を願うという大仰なものではなく、現世での魂の居場所を作っているようです。開いたばかりの芍薬は魂の鎮座する場であり、ふかふかの座蒲団かも知れません。
〈作品 12句『膏雨』谷口智行〉
・乳難の山羊屠りゐる膏雨かな
取り合わせの変型です。
「膏雨」は春雨の傍題ですが、その説明は少なく、例句も乏しいようです。
広辞苑で「膏雨」を引くと「(「膏」は、うるおす意味)農作物をうるおしそだてる雨。よいしめり。甘雨。」とある。身近なものでは「軟膏」があります。
そうしたうるおいの雨の中、乳難のため育てていた山羊を屠っています。
「屠殺」と「膏雨」のコントラストは、声なき嘆きのようです。また「膏雨」は「救い」や「癒やし」のようでもあり、生死の輪廻すら感じさせます。
拙句です。「風花や屠りし牛の黒目にも 山咲臥竜」…屈折した青年像ですが、ここには「救い」や「癒やし」はありません。
・味噌まぶせ塩かけたれと鯖鬻ぐ
「鬻(ひさ)ぐ」は、「売る、あきなう」の意味です。
郊外での行商などを想像します。そこに集まっている人の数さえ見えてくるようです。中七「塩かけたれ」の「たれ」は「たり」の命令形ですが、関西弁のような勢いのある響きがしてきます。
〈作品 12句『水の回路』青山茂根〉
・朝焼は猫の鼻ほど湿りをり
朝焼という視覚情報の一部が「猫の鼻のしめり」に転換されていると思います。夕焼に置き換えると成立しません。朝焼と夕焼は同じ景ではありませんが、やはり朝のひんやりとした湿気も関係していると思われます。
湿った鼻は犬でも良さそうな気はしますが、やはり猫でしょうか。犬の鼻は食餌の後などに舐めることがあるため不浄な感じがします。朝焼の清潔感には猫の方が良さそうです。
〈暗唱句〉
時候〈灼く-晩夏〉
・灼けてゐる礁に耳つけ濤を聴く 篠原 梵 (☆)
・干魚の眼が抜けゐたり熊野灼く 茨木和生
・鉄棒といふ直線の灼けてをり 永野佐和
天文〈五月闇-仲夏〉
・しら紙にしむ心地せり五月闇 暁 台 (☆)
・やはらかきものはくちびる五月闇 日野草城
地理〈滴り-三夏〉
・滴りの蕗の葉をうつ音なりし 三橋鷹女
・つく息にわづかにおくれ滴れり 後藤夜半 (☆)
・滴りや次の滴りすぐふとり 能村登四郎
・ひと亡くて山河したゝる大和かな 角川春樹
・滴れり日の出前なる明るさに 茨木和生
これで重要季語129、例句353です。
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