〈第47回 蛇笏賞受賞 『白駒』50句抄 文挾夫佐恵〉
・綿虫の死しては白き光失す
…「光り失す」の「光」に生命を感じます。「白き」は略し「光の失せにけり」でも良いかと思いましたが。
・秋夕焼掌に載るほどの念持仏
・雪の夜の黒き電線伝ひて訃
…突然の訃報と冬(「雪の夜」)とは、詩的に相性が良く、また(白い)「雪」と「黒き電線」というモノクロの背景がそれを強調しているようです。
・兵なりき死ありき星辰移り秋
…戦争も戦争の傷痕も見てきた夏の星辰(星座)が、秋へと移っていく、という句意と思います。秋へと移りゆく星辰は「救い」かも知れません。
・六道の辻に咲く夜のからすうり
…烏瓜の花はそれ自体の形、夜に咲き蛾が花粉を媒介するなど妖しさが漂います。
中七から下五にかけて「咲く夜のからすり」という「夜の」を介在させる措辞は見事です。
・ながらへて春の闇濃し地にいくさ
・これ以上赤くなれぬと椿落つ
・海山も誰彼も遠(おち)秋時雨
…季語(「秋時雨」)の選択が見事です。時雨(初冬)とは異なり、晩秋の侘びしさが伝わります。
・春疾風我が追憶を掠め去る
・艦といふ大きな棺(ひつぎ)沖縄忌
…戦艦大和をはじめとし、沖縄沖で多くの船が撃沈され人ごと海底に沈み、未だ引き上げられていません。そうした英霊への思いを感じます。
余談ですが、戦争中に撃沈され海の藻屑と消えた死者の、実に2/3が民間船です。海軍の船は1/3です。民間の船は、軍部から「お国のため」と極めて危険な任務の遂行を命令され、死しても「英霊」とも呼ばれることなく、骸も魂もうなそこを漂っています。
・春月や老ひてゆく日の身づくろひ
…「春月」の使い方が見事です。ぴたりと収まっています。
・まだ生きるつもり湘南海びらき
…自虐めいていますが、開き直った明るさを感じます。
・我置きて友ら何方(いづち)に冬桜
〈三橋敏雄 30句抄-遠山陽子・選〉
・少年ありピカソの青のなかに病む
…「青」とは「青の時代」(1901-1904年のピカソの作風)です。若書きの新鮮さを感じます。
・絶滅のかの狼を連れ歩く
…上五「絶滅の」により、ある程度は作者の状況が分かります。夢かぼんやりと想像していると思います。一方「おおかみに螢が一つ付いていた 金子兜太」は、やや童話的な印象がします。
・鈴にいる玉こそよけれ春のくれ
…季語「春のくれ」の選択が良いのか、今でも分かりません。
・ふるさとや多汗の乳母の名はお福
…「お福」(実際の名は「フク」でしょうが)という名前も良いと思います。汗に甘酸っぱさも感じます。こうした素朴でやや鄙びた郷愁の句は、簡単そうに見えて、なかなか書けないものです。
・戦争と畳の上の団扇かな
…「人類に空爆のある雑煮 かな 関悦史」を連想します。関氏は私より若く1969年生。
当然、戦争体験はありません。メデイアが発達した現代における世相を詠んでいます。
ただ結果として句(詩)では、戦争体験者の故・三橋敏雄氏と同方向のベクトルかと思われます。
・あやまちはくりかへします秋の暮
…この句の季語の選択は見事です。他に見当たりません。戦争に限らず人間は同じような過ちを繰り返します。人間の拭いきれない性(さが)かも知れません。
戦争の句が多かったようですが、次のような句もあります。
・あらそはぬ種族ほろびぬ大枯野 田中裕明
〈暗唱句〉
生活・行事〈行水-晩夏〉
・ある暗さ行水盥置くほどの 岡本 眸 (☆)
動物〈蜥蜴-三夏〉
・しんかんと蜥蜴が雌を抱へをり 横山白虹 (☆)
・満月にかたまりねむり蜥蜴の子 金子青銅
・寸分の縞狂ひなく蜥蜴の死 髙崎武義
・蜥蜴隠る乙女自決の濠の口 栗田やすし
植物〈蕗-初夏〉
・やまみづの珠なす蕗の葉裏かげ 飯田蛇笏 (☆)
・蕗を煮て妍を捨てたる女かな 古館曹人
これで重要季語132、例句360です。
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